私の近況2019

2019年1月1日 謹賀新年
 今年もよろしくお願いいたします


初日の出 富士見、立沢から
-8度でした。

 
1月14日 『老年の価値』ヘルマン・ヘッセ

 老いた人びとにとってすばらしいものは
 暖炉とブルゴーニュの赤ワインと
 そして最後におだやかな死だ ━
 しかし もっとあとで 今日ではなく!

 
図書館でヘッセの『老年の価値』というエッセイ集を見つけ、読み始めました。含蓄に富んだ文章が続きます。72歳を迎え、自分自身のこととして納得できる部分が多々あります。ただ、ヘッセの時代の60歳は、今の時代では70歳以上、人によっては80歳以上の人に当てはまるようです。

 二三、記憶に残った短文の一部を記しておきます。

 「青年は利己主義をもって終わり、老年は他者のための生活をもって始まる。」

 「若いときに年をとることなどとても想像できないような人びとが、まさに最もよい老人になる。」

 「老年が青春を演じようとするときのみ、老年はいやしいものとなるのです。」

 ヘッセの文章は平明な表現とは裏腹に、難解な部分が多く、理解できない部分が多々ありますが、共感する所も多々あります。ヘッセはやはり西洋人らしく、東洋人と比べて枯れにくいところがあるように感じます。肉体的な衰えは隠しようがありませんが、青春への欲望はいつまでも強いようです。

1月19日 70歳代はゴールデンエイジ

 今年97歳になる母が、人生で最もいい時期は70歳代であったと言っていました。その時は、え!70と意外に思ったものです。もっと若い時を予想していたからです。

 母は40代から60代まで、祖母の世話と看病、今日が命日の父の世話と看病、母の姉の面倒見と、子育てから解放されても家事と介護に明け暮れていました。それが70歳になってやっとその全てから解放され、自分自身の時間を100%持てるようになったのです。

 膝痛の持病があり、歩くことに多少の不便をしていましたが、水泳を始めてから、水の中では自由に動けることを体感し、それからは毎日のようにスポーツクラブに通うようになりました。水泳の上達が励みとなり、スイミングの仲間との付き合いも楽しく、このことが母の生き方に新しいページを加えたようです。

 孫も生まれ、幸いにも子供や孫に関する大きな心配事もなく、子どもたちと旅行に行ったりと、母の70代は幸福な時代であったと思います。

 私も70代になり、ようやく母の言っていた意味が分かるようになってきました。70歳代は、バランスの取れた年齢だと思います。健康上の大きな問題がない限り、介護などの負担が大きくない限り、体力的には大分衰えてきたとはいえまだ活動するだけの活力は十分にあり、仕事からは解放され、自分自身だけの自由な時間がふんだんにあり、自分のしたい事だけをしていられる年代です。

 記憶力は衰えてきますが、いやな記憶からも遠ざかることが出来ますから、悪い事ばかりではありません。思考力も衰えて、新しいことを理解する力は弱くなりますが、物事の本質をとらえる能力はむしろ深まるようです。

 冬の西日は暖かく、窓から差し込む夕日を浴びていると、70歳代とは一日のうちのこのような時間帯かと思ったりします。

1月27日 大阪なおみ 全豪オープンを制す

 全米オープンに続いての快挙です。パトヴァ クリドヴァを2-1で下し優勝しました。昨日の試合はハラハラしてライブ中継を見ていられませんでした。第2セットを有利なカウントから落とした時は、もう駄目だと思いました。しかし、心配は杞憂でした。彼女は見事に我々の期待に応えてくれました。まさにスーパースターです。

 
いつ見ても彼女はチャーミングです。優勝スピーチも彼女らしくてとっても良かったと思います。

1月26日 三浦雄一郎に励まされる

 86歳になる三浦雄一郎が南米のアコンカグア(6961m)を目指しましたが、途中でドクターストップを受け、登頂を断念しました。記者会見で、90歳でのエヴェレスト登頂を目標にすると言っているのを聞き、驚嘆すると同時に、とても励まされました。

 人間はその気にさえなれば、何歳からでも不可能と思われることでも可能にすることが出来るということです。三浦雄一郎はそのことを身をもって証明してくれました。彼を真似することはできませんが、私なりに80歳への目標を持ちたいと思います。

 2013年に80歳でエヴェレスト登頂に成功しましたが、その年スイスで登山した時のガイドが、あれだけのサポートと酸素ボンベを用意されれば、誰でも登れると、半分馬鹿にするような言い方をしていました。

 でもそれは、若い人は年寄りのことが理解できないからです。このガイドも老人になった時に、初めて三浦雄一郎の凄さが理解できるのではないでしょうか。私もそうでしたから

2月1日 日本は本当に豊かなのか
 内閣府によれば、2017年末における国民資産(国、企業、個人の保有する土地、建物、株式など)は、1京893兆円だそうです。日本は大金持ちということですが、その実感は感じられません。

 東京に行くと、その変化と発展ぶりには目を見張るものがあります。なるほど経済大国なのだなという実感を持てます。しかしこれは東京に限ったことです。

 地方では古くからの集落は過疎化が進み、古い民家は住む人がいなくなり空き家となり、若い人たちは町の近くの便利な場所に、新しい家を建てます。ここには、資産の世代を繋いでの継続と、何世代と引き継がれてきた集落という社会資本の蓄積がありません。新築の家は立派とは言えず、耐用年数は数十年がいいところで、いずれ立て替えられるか空き家になるかの運命が待っています。ここにも資産の継続と蓄積はありません。

 結局、稼いだ賃金で高額な家を建てては壊し、建てては壊しを繰り返しています。ヨーロッパ諸国の様に、世代を繋いで住み続けられるような家を建てることを皆が考えるようになれば、ヨーロッパの様に日本人の生活はもっとゆとりのある、豊かなものになるでしょう。

 国民資産は莫大だけれど、社会インフラの蓄積が進まないのが日本の現状です。

2月15日 最後?の株式投資

 今まで何回か株式投資に挑戦してきましたが、適切なノウハウを知らずに行っていたため、塩漬にしたりすることが多く、損もしない代わりにたいした利益を上げることもできないでいました。これが最後の機会になるかなと思いつつ、冬の間の暇な時間を利用して、株投資に関するサイトを開いて研究してみました。

 日足をベースにしたスイング・トレードが主流のようですが、こんなストレスが多く、ロスカットが頻繁に起こるような方法は、たとえ利益が得られるにしても、到底私には耐えられません。

 やはりだめかなと思っていたところ、週一副業投資というサイトを見つけました。週一回、土曜日に株価をチェックするだけで良いという投資法です。もちろんこれには秘密があります。その秘密さえ手に入れれば、誰でもが利益を出せるようになり、楽しみながら株式投資を続けられるという、嘘のような話です。本当かどうか、試してみる価値はありそうです。

2月26日 沖縄の県民投票

 辺野古移転の賛否を問う県民投票が行われました。結果は投票者数の71.74%が反対で、有権者数の1/4も超えました。投票率は52.48%でした。

 政府の反応は、真摯に受け止め、沖縄県民の理解を得るべく対話を続けるというもので、普天間基地の危険性除去が最優先であるという、従来の紋切り型の答弁を繰り返すだけでした。

 この県民投票の結果には、何かしらの虚しさと無力感を感じざるを得ません。

 一つには、思ったほど投票率が高くなく、沖縄県民の切実さが強烈には伝わってこなかったことです。もう一つは、対話では何も解決しないだろうということです。政府は既定方針を貫くだけであり、沖縄は反対を貫くだけであり、結果は力のある国家権力の勝ちが目に見えているからです。

 できることなら、沖縄県が建設的で実現可能性のある対案をだし、それをベースに国との対話を進めることができればよいのですが。かつての成田闘争を思い出しました

3月16日 ついにMACに

 今までWindowsを使い続けてきましたが、とうとうMACへ鞍替えすることにしました。昨日yahooショッピングの15のつく日の割引を利用して、21.5インチ 4Kディスプレイ fusion drive仕様のiMACを注文しました。なんと18,270ポイントが付きました。

 現在使っているWindowsパソコンは、まだまだ使えるのですが、使うにしたがって動作が遅くなり、Windows10にしてからは我慢の限界に達しました。立ち上がりがものすごく遅くなり、いらいらすることこの上なしです。一度立ち上がれば、なんとか普通に使えるのですが。PCに詳しい人ならば、解決策があるのでしょうが、MAC党の息子の影響もあり、遂にWindowsから決別することにしました。

 iMACはデザインも美しく、部屋に置くのが楽しみです。

 このところ週一投資に忙しく、HPの更新が21日ぶりになってしまいました

3月31日 アメリカ文化の中で育つ孫

 先日アメリカに住む息子から、小学校4年の孫娘が学校行事のバラエティーショーで、ダンスのソロを踊った時のビデオをU-tubeで送ってきました。孫娘はダンスが得意で、現地の教室にも通っています。

 その踊りはなかなか上手でした。自分で自由に振り付けをしたジャズダンスです。ただし、黒いタイツを着て、少しばかり色気のある大人っぽい動作をするところは、刺激的すぎないかと心配になりました。

 その懸念を息子に伝えると、その点には気を使っているということで、刺激的にならないようにギリギリのところで押さえているとのことでした。アメリカでは普通に行われていることも、日本人からすると行き過ぎではないかと感じられます。そこのバランスを取りながら、ダンスの振り付けを決めているとのことでした。

 孫娘にとっては、得意のダンスを皆の前で披露することが自信につながっているようです。ただし、アメリカ文化に浸りすぎず、日本人としての慎ましさ、優しさ、しなやかさ、繊細さ、思いやりの心、もったいないという気持ち等々を、忘れずにいてくれたらよいと思っています。

 ダンスが終わり、ステージ上で最後に礼をしましたが、それは完璧な日本流でした。実に淑やかに、
繊細な動作でお辞儀をしました。これを見て素晴らしいと思いました。日本人の良さを失っていないと。

4月9日 信玄祭りと桜

 PCをMACにしてから、HPを更新するのが遅れるようになりました。MACにはHP編集ソフトを入れてないので、HP更新には今までのwindowsパソコンを使うしかありません。そのうちMAC用のソフトをインストールしなければなりません。

 この前の土曜日に、甲府の武田神社に行ってきました。ちょうど信玄祭りと重なり、多くの人出で賑わっていました。甲府駅から武田神社まで続く武田通の桜並木は満開で、30分ほどの道のりを、桜を堪能しながら歩くことが出来ました。

 甲府駅前通りでは、自転車のレースなども行われ、大変な人だかりでした。続いて武者行列が予定されていましたが、見ずに帰ってきました。その代わり、武田神社では武者姿の一団が参拝するのを見物できました。

 山梨は桜が満開でしたが、長野県の富士見町はまだ全く咲く気配はありません。季節外れの雪が降りました。

4月27日 行政の良いところと非効率で融通の利かないところ

 このところHPの更新が途絶えがちです。理由はPCをMACに替えてからホームページビルダーを入れてないからで、何とかしなければいけません。

 今年の夏にアメリカにいる孫たちが夏休みの間帰国します。その間に、地元の幼稚園と学校に、体験入学をさせたいと思っています。

 幸いにも、富士見町には海外で生活している子供向けの体験入学制度というものがあり、町の教育委員会に申し込むだけで、小学校と中学校で短期間の受け入れをしてくれます。A4一枚の簡単な申込用紙に、氏名や住所や年齢などを記入するだけです。行政としては驚くほどの簡便さと効率の良さです。

 ところが保育園となるとそうはいきません。富士見町には幼稚園はなく、幼稚園を兼ねた保育園しかありません。そこで、短期間の受け入れをしてくれるかどうか尋ねたところ、可能だけれども、住民票の登録や世帯の年収を証明するものが必要とのことです。学校の場合とは打って変わって、融通が利かなくなります。

 そこで、隣の原村にある私立の幼稚園に電話で問い合わせてみました。その幼稚園は、子どもの情操を育むことを重視している、評判の良い幼稚園です。園長先生が対応してくれて、快く承諾していただきました。なんと、電話一本でOKの返事を頂きました。そこにお役所と民間との決定的な違いを感ぜずにはいられませんでした。

 今回の経験で、お役所の良い面と悪い面を同時に見せつけられた思いです。

5月7日 ホームページビルダーにはMAC版がない

 WindowsがWindows10にしてから動作が重くなり、我慢の限界にきたので、ついにMACに変更しました。動作は快適で、スイッチを入れればすぐに立ち上がり、もう古いWindowsは使う気にならなくなりました。

 問題はホームページビルダーで、これだけは古いマシーンで行っています。MACにソフトを入れようかと思っていたところ、MAC版がないことを知りました。仕方なく、古いWindowsマシーンを使い続けることにします。
 
 
動作が重いのは我慢しますが、MACに入れた写真がすぐに使えないのが不便です。最近写真が挿入されていないのはそのためです。

5月7日 トランプ大統領株価を動かす

 昨日、トランプ大統領がtwitterで、中国に対する関税を25%に引き上げることを示唆したため、一時世界の株価が急落しました。

 中国は協議を続ける意向であることから、NYダウは平静さを取り戻し、66.47ドルの小幅な下落で収まりました。10連休明けの日経平均も250円程度の下落ですみそうです。

 怜和初日の株式相場ということで、上昇を期待したのですが、とんだお騒がせでした。

5月19日 領土問題

 日本維新の会の某議員が、北方領土を解決するには戦争しかない旨の発言をして、野党全体から叩かれています。不用意で不適切な発言であることは言うまでもありませんが、おそらくつい本音が出たのでしょう。

 戦争には反対ですが、領土問題が話し合いや外交交渉で解決することはほとんどあり得ないことも事実ではないでしょうか。いくら日本に正当性があり、旧ソ連が卑劣であったにもしても、ロシアは一旦手に入れた領土は、余程の国際情勢の変化か、ロシアの崩壊でもない限り、返還する意思はないようです。

 クリミヤ併合や南シナ海の領土問題など、領土は武力で獲得するものであることをいまだに信奉しているのは、ロシアと中国です。残念ながらロシアと中国が存在する限り、領土問題は平和的に解決することは至難のようです。

5月26日 現代貨幣理論(MMT)

 今、現代貨幣理論(Modern Monetary Theory)が注目を集めています。異端の理論だとして排斥する勢力と、アメリカや日本を例にして、既に成り立っている理論であると指示するグループが激しい論争を繰り広げています。

 MMTによれば、基軸通貨国や国債のほとんどを自国で保有している国は、財政赤字が膨らんでも、お札を刷ることで支払い能力に制限はないから、破綻は起こらないということになります。景気の悪いときには国は借金をして(国債を発行して)景気対策に使ったり、社会保障費に充てるべきであるという主張です。

 政府の借金の限度は、インフレ率できまり、日本の様に物価が上がらない状況下では、政府は赤字国債を発行し続けることが出来るということです。言い換えれば、お札を刷り続けることができるということです。

 日本において、財政均衡がいつまでも先送りされているのは、案外と暗黙の裡にこのMMTを信じているのかもしれません。

6月16日 老後2000万円不足問題

 金融庁が試算した、老後の夫婦の生活では2000万円の金融資産が必要との報告が問題になっています。野党が問題視して政争の具にしました。

 単なる一モデルの試算が独り歩きして、あたかも年金制度の不備のような捉え方をし、野党はここぞとばかりに自民党に食いつき始めました。たとえ野党が政権を執っていたとしても、同じ数値の試算が出たに違いありません。

 これは単なる一モデルの試算であり、国民全体に当てはまるわけではありません。生活に必要なお金は人それぞれであり、生活スタイルや住んでいる地域で大きく異なるものです。都会で少し豊かな生活をしようと思えば、老後の資金は大きく不足するでしょう。田舎で野菜を作ったりして慎ましく生活しいようとすれば、年金(+α)で生活することは可能です。

 恐らく多くの人は、年金だけでは不足することを予知して、それなりの準備はしているはずです。今回の試算は、そのための参考程度にはなると思います。

 この試算をマスコミや野党が大きな問題として騒ぎ立てるのは、大人げない対応のように思われます。もっと冷静になって、年金問題を考える大人の議論ができないものでしょうか

 

6月24日 進化する庭

 定年後から本格的に庭を初めて12年が経ちますが、ようやく庭としての姿が整ってきたように思います。かのターサ・チューダが、庭が出来上がるには最低でも13年は必要と言っていた意味がよくわかります。

 最初は更地に苗を植えていきますが、土の間に小さな株が点々としているだけです。翌年には苗が育って株が大きくなり、隙間の土も隠れるようになり、庭らしくなってきます。

 年々、新しい植物が欲しくなり、植え替えたり、追加したりして、株の数はどんどん増えていきます。その間には、この庭の環境には適応できないで、消滅していく植物も多くあります。何が適しているのかが、段々と経験を通じて分かるようになり、また植物に関する知識が増えてくるに従い、庭に植えたい植物が厳選されてきます。最初は「何でもよい」から、「これでなくてはならない」へ成長してゆきます。

 このようにして、5年ほども経過すると、最初とは随分と異なる庭の姿になってきます。このような過程を繰り返して次の5年が経過します。10年もすると、木々は大きくなり、他の植物を圧倒するようになってきて、ついには切らざるを得なくなったりします。このころになると、庭を始めたときとは随分と違った姿になっているはずです。

 自然の野山には植生というものがありますが、庭にも人工的ながらその庭の植生が生まれてきます。10年もすると、この庭に適合した植物だけが大きく育ち、こぼれ種で毎年生えてくる一年草が、多年草の間から自然の野原の様に花を咲かせるようになります。こうして、一つの庭が少しづつ進化しながら変転して一つの植生を形成してゆくようです。こうした毎年の変化が庭づくりの醍醐味でもあります。

 近所に、広大な敷地で本格的な庭づくりをしていて、毎年オープンガーデンを開催している庭があります。持ち主の体力が年とともに衰えてくると、広い庭を手入れすることが困難になり、ある年をピークにして、徐々に庭の方も退化していくように感じます。幸いにも私の庭は狭いので、まだ十分に一人で手入れをすることができます。この先まだまだ進化し続けることでしょう。

7月6日 孫たちの帰省

 サンフランシスコ郊外で生活している孫二人が母親と、一ヶ月間を我が家で過ごすことになり、7月2日に帰国しました。その間、上の子は小学校5年のクラスに、下の子は幼稚園に、体験入学・入園に通うことになっています。

 小学校も幼稚園もとても暖かく迎えてくれて、有意義な夏休みを過ごすことができそうです。特に小学校は英語教育が始まったこともあり、英語を話せる異文化に触れて育つ子供を、歓迎してくれるようです。

 上の10歳の子は日本の幼稚園に通っていたので、日本語の語彙は少ないものの、問題なくきちんと話すことができます。しかし、下の6歳になった子は、日本語を話すのが苦しそうです。日本語では最低限の会話しかしませんが、英語だと実に気の利いたことを言っているようです。

 食事の時、忍者ごっこをしてきちんと食べないので、忍者は食事を残さずに食べるものだよと言ってやると、英語で????と?早口で答えました。聞き取れないので何と言ったのか母親に聞いてみると、fake ninnjya と言ったとのことです。独り言や姉弟同士の会話は英語でやっていますので、思考は英語になっているようです。

7月7日 韓国寄りの朝日新聞

 日本政府は韓国に対し、フッ化ポリイミド、フォトレジスト、フッ化水素の3品目の輸出に関する優遇措置(ホワイト国待遇)にを撤回しました。包括的に許可を与えていたのを、個別の輸出毎に審査をすることになります。韓国の国家としての信頼が揺らいでいることと、北朝鮮への横流しが疑われているからです。

 これはEUなどが韓国に対して行われている手続きで、日本が特に韓国に対して優遇措置を与えていたのです。単に、韓国が台湾などと同じ扱いになっただけのことです。

 ところが、当初ほとんどのマスメディアは、これを韓国に対する貿易制限であると報じていました。これらの3品目は、半導体製造に欠かせないもので、現状では日本以外から調達することは困難なため、あたかも韓国の半導体製造がストップするかのような報道の仕方をしています。自由貿易に反する措置だと言うわけです。G20の議長国を務めた日本のやるべきことではないと言わんばかりです。これは完全に韓国の立場の代弁のように聞こえます。

 果たしてそうでしょうか。今まで台湾の世界屈指の半導体メーカTSMCが、日本からの輸出制限で製造に影響が出たというようなことは聴いたことがありません。

 勿論、政府のさじ加減で、韓国のサムソンに輸出許可を与えないことは可能でしょうが、理由もなく輸出を禁止したら、それこそWTO協定違反になり、日本が国際社会から非難されるでしょう。ただし、韓国側の対応次第では、輸出許可に時間がかかることはあり得るかもしれません。

 これをもって、韓国に対する輸出規制だということは的外れの様に思います。朝日新聞の社説などは、輸出規制であると、相変わらずの韓国寄りの姿勢を見せていました。

7月14日 信頼を取り戻せない韓国

 一週間ほどが経ち、当初は輸出規制と報道していたマスメディアも、ようやく輸出優遇措置の撤廃という、公正な報道をするようになりました。フェイク・ニュースとまでは言えないまでも、相手国の世論に与える悪影響は無視できないでしょう。

 これに関しては、いつもの政府の説明不足や舌足らずにも責任があるように思われます。

7月30日 3%政党の野党

 参議院選挙は予想通りの自公の勝利で終わりました。低い投票率と合わせて見ると、国民の大多数は現状を肯定したことになります。世の中はどうせ変わらないという諦めや、政治に無関心の消極的な支持も層も含めてのことです。それだけ日本は平和で豊かだということでしょう。

 乱立する野党が、自民党の批判ばかりしていても、国民の支持を得ることはできないでしょう。批判勢力としての役割しかないように思われます。

 永遠の絶対野党である日本共産党は、コンスタントに3%前後の支持率を維持しています。他の野党も、この水準に埋没しかけています。

 野党が自民党に代わるためには、自民党が自滅するか、野党にニューリーダが出現する時を待たねばならないような気がします。少なくとも、今の野党の面々では3%政党からの脱却は難しいでしょう。

8月5日 勝ち続けられる株式投資法

 個人投資家で利益を上げ続けられている人は、5%に満たないそうです。95%の人は損をしているということです。株の取引は損する人と得する人の間のゲームですから、95%の人の損失は、5%の個人投資家と、プロの投資ファンドの餌食になっているということになります。こんな割の合わない話はないでしょう。

 95%の個人投資家が、機関投資家と手数料で儲ける証券会社を養っているということになるのです。

 世の中に流布している古典的な投資法や、巷に溢れている株に関する本や雑誌やアナリストたちの情報では、たとい一時的に利益が得られたとしても、継続的には絶対に利益が得られないというのが、残念ながら厳然たる事実なのです。

 私もようやくこのことに気が付きました。株式投資で確実に利益を得るには、長期投資であると昔から言われています。その通りでしょうが、多くの資金と、成長を続ける優良企業の株式を10年20年の単位で保有し続ける余裕が必要です。一般の庶民にはできることではありません。

 そこで、中短期の投資ということになります。ところで、著名なアナリストが株価の予想を出しますが、その結果は10人10様で、株価が上がるという人もいれば下がるという人もいて、その時期に関してもバラバラです。要するに、株価はだれも予想できないと言いうことです。

 これをなんとかしようと、昔からテクニカル分析を駆使して株価を予測しようとしますが、結果は95%の人の敗北で終わっています。過去のことしか解析できないツールで、将来を予想しようとしているからです。

 近年、この事実に気付いている人たちの中から、従来の発想に囚われないユニークな株式投資法が提唱されています。

 一番オーソドックスと思われるのは、佐藤茂利氏の提唱する「週一副業投資」、最もユニークなのが下山敬三氏の「波乗り株投資法」、従来の移動平均法ながら移動平均が適用可能な銘柄だけを厳選した紫垣英昭氏の「スイッチトレード」などです。

 なかでも、株価チャートも見ずに取引をする「波乗り投資法」は、今までの常識を覆す独創的な着想で、評価損の株を利益に持って行く手法です。買いと空売りを組み合わせて、値動きに合わせて利益を取り続けていくことが可能です。塩漬け株の救済にも大いに有効です。

 「株の学校」なるものもありますが、これは損切を継続して続けるストレスに耐えられる強靭な人向けのやり方です。

 興味のある方は、ネットで検索してみてください。無料の情報なども手に入ります。きっと株式投資で利益が得られるようになることでしょう。

8月16日 また株式投資の話

 どうも常に勝ち続けられる投資法があるようです。前回紹介した下山敬三氏の「波乗り株投資法」は、今までの常識を覆す全く独創的な発想です。プロの投資家には想像すらできない方法です。株式投資をトランプゲームかなにかのゲーム感覚で行う感じです。

 株は、この先上がるのか下がるのかは、誰にも確実には予測不可能です。従って、上がってもよいし、下がってもよいという投資法でなければ、勝ち続けることはできません。

 下山敬三氏はこの難問を、いとも簡単に解決しました。原理はシンプルで、投資金額を5分割して、バランスよく売りと買いを混在させるというものです。そうすれば、上がっても下がっても、常に利益が得られる保有株が存在することになります。当然、他の保有株は一時的には評価損になりますが、株価が上下するうちに、利益に変えられます。絶えず利益を確定しながら、半ば機械的に株価を見ながら売り買いを続けて行けば、利益は自ずと積み重なっていきます。

 常に一定の評価損は存在し続けますが、評価損は一定の額よりは増えないので、ある時点からは利益が評価損よりも圧倒的に大きくなります。コツをつかめば、評価損を最小化することが出来るようになります。

 さっそくソフトバンクグループ株で試してみました。まだ一月にはなりませんが、うまくいきそうな感触を掴んでいます。

 下山敬三氏はゲームオタクのようなユニークな人ですが、それだからこそ誰も思い付かないような型破りの独創的な方法を見つけ出したのでしょう。彼のような人を天才というのでしょう。

8月25日 今年の畑の作物

 農作物は毎年好不調があり、すべての作物がうまくゆくとは限りません。例年良かったスイカが、今年は全く駄目でした。植え付け後の低温に会って、苗が十分に成長せず、途中で枯れてしまいました。こんなことは初めての経験です。

 
例年良くとれるカボチャも、今年は半分以下の収穫量でした。クッキングトマトも不作で、昨年は取れすぎて友人に上げたりしましたが、今年は家用のトマトソースのビン詰めを作る量を確保するのがやっとでした。ズッキーニも、最初の一個が取れただけで、株が痛んで腐ってしまいました。

 逆に、いつもよりうまくいったのが、中玉トマトとミニトマトのアイコです。味、量とも今までで一番の出来でした。中玉トマトは取れすぎるので、不足するクッキングトマトの代わりに、トマトソース用に回したほどです。
 
 モロヘイヤ、オクラも例年よりうまくいっています。

 その他、ナス、ピーマン、ジャガイモ、トウモロコシ、レタス、セロリは例年並みといったところです。

 原因としては、5月中旬の0℃付近までの異例の冷え込み、7月の異常な日照不足などの影響が考えられます。しかし、うまくいっている作物もありますから、苗の状態、植え付け時期と初期の生育などが関係しているのかもしれません。
 

9月1日 日本は本当に豊かなのか

 日本は経済成長を成し遂げ、先進国入りして豊かな国になったと思っていますが、本当にそうなのでしょうか。確かに、東京に行くと、都心部の発展には目を見張るものがあり、経済大国だなと思わせてくれます。これは間違いのない実感です。

 しかし、いったん都心を離れ郊外や地方に行ってみれば、そこには無秩序で混乱して、経済効率一点張りの見苦しい風景が広がっています。欧米に旅行していつも感じることですが、日本人の生活環境レベルは、欧米に比べて一世紀は遅れているのではないかと思われます。

 かつての木造住宅の日本家屋の家並みは、簡素であったかもしれませんが、統一された美しさがありました。そこには様式美があったように思います。

 ところが戦後の日本は、混乱と貧しさからの脱却から、安物と一時しのぎのスタイルが定着してしまったように思われます。経済成長をはたし、少し豊かになった現在においても、将来を見据える余裕はなく、当面を生きるための生活スタイルというものが固定化されてしまったように思われます。

 これは物質的な面に限らず、勤勉ではあるものの相変わらず生産性の低い経済活動から脱却できず、労働生産性は先進国のなかで最下位の水準に甘んじています。 

 ソフトバンクグループの孫正義社長の警告を真摯に受け止めるべきだと思います。「日本は「かつて豊かだった」のではなく、もともと貧しかったのだ。事実、日本の労働生産性の順位は、この5年間ほとんど変わっていない。昔から傑出した技術大国であったという自らの「勘違い」に向き合わねば、日本経済はトンネルを抜けることはできない」

 「日本は豊かな国である」という錯覚から目覚め、「日本は貧しい国なのだ」ということを認めることから始めないと、日本は真に豊かな国にはなれないと思います。日本の豊かさは伝統文化と食文化だけということになりかねません。豊かだった自然も、経済効率第一主義の犠牲になってしまいました。

 近年、海外からの観光客が急増していますが、大半は日本よりも貧しかった東南アジアからの観光客です。日本には良いものが沢山あることは事実ですが、cool Japan と浮かれていると、その賞味期限が切れてしまうかもしれません。長期的視点に立って、真に豊かな国作りを目指す必要があるように思います。


9月10日 変貌を続ける農村風景

 美しい田んぼの広がる日本の原風景が消滅し始めて久しくなります。

 高度成長期から、大都市の郊外の農村は、ニュータウンや工場団地や商業施設に変わってしまいました。この流れは地方にも押し寄せ、都市周辺の農地は減少の一途をたどり、都市化の波に飲み込まれていきました。

 この流れに追い打ちをかけるように、日本人の食生活の変化から米の消費量が減少し、減反政策の結果、未耕作地が目立つようになりました。これに高齢化が拍車をかけ、耕作放棄地が増え続けています。

 私の住む富士見町でも、農村部を歩くと、至る所に雑草が生い茂った耕作放棄地が目に留まります。

 ところがこの数年、この壊滅的な状況に変化が見え始めました。一つは蕎麦ブームによる、そば畑の転作です。荒れ果てた田んぼが、そば畑として利用されるようになりました。
 

 もう一つは、農地法の改革によりもたらされた農地の大規模利用の促進です。企業が農地をまとめて借り受け、新しい農業経営を始めました。

 富士見町にはカゴメの工場がありますが、この工場が周辺の農地を一まとめにして、トマトの生産工場を作りました。大きなビニールハウスの中で、天井に届くほどに巨大に育ったトマトの木に、赤いトマトがたわわに実っています。ブロッコリーやトウモロコシ畑も整備されました。畑の横にはカゴメの野菜生活ファームという売店やレストランやセミナー会場を備えた集客施設が作られ、毎日多くの訪問客で賑わっています。富士見町の新たな観光名所になりそうです。

 少子高齢化の時代に合致した新しい農業の姿が見えつつあるようです。美味しく安全な日本の農産物は、新たな日本の産業になるかもしれません。

9月21日 雨乞岳

 我が家は甲斐駒ヶ岳の真北に位置しますが、甲斐駒ヶ岳と我が家の間にある2036mの雨乞岳に隠されて見ることができません。その隣の鋸岳は雨乞岳の右側に見えています。鋸岳は我が家の庭の借景ともなっています。

 この雨乞岳はこの辺りでは凡庸な姿をしていて、注目されませんが、古くから雨乞の信仰の山として登られていました。この地に住み始めて25年が過ぎましたが、今まで一度もこの山に登ろうとは思いませんでした。それほどに地味な山です。

 先日家内が「ヤマレコ」で雨乞岳の登山記録を読み、近くにこんな山があるから登ってみようということになりました。家から登山口まで車で30分ほどの近さです。

 ほぼコースタイムの3時間ほどで頂上に立つことができました。好天でしたが、頂上について昼食を食べ終わる頃から雲に隠れて、富士山や甲斐駒ケ岳は見えなくなりました。頂上は樹木で覆われていて、展望は十分ではありませんが、八ヶ岳から奥秩父、、富士山、目の前の日向山と甲斐駒ヶ岳は見ることが出来ます。残念ながら富士見方面は樹木に邪魔されて展望は皆無です。

 登山道にはハウチワカエデなどの落葉樹が多く、紅葉の時期には大いに楽しめそうです。紅葉を見にもう一度登ってもいいかなと思っています。

 72歳にもなると、年々足が重くなり、登山がきつくなってきます。頂上で出会った78歳の女性は、百名山を踏破された強者ですが、やはり70歳を過ぎると年々足の衰えを感じるとのことですが、80歳までは登り続けたいと言っていました。

 「ヤマレコ」
 https://www.yamareco.com/

でこの女性の雨乞岳の登山記録を見ることができます。OBABAで検索すれば出てきます。

10月5日 ゆっくり歩くといつもの風景が変わって見える

 数年ぶりに腰痛になり、二日間寝込んでしまいました。ようやく歩けるようになり、五日目になって近くを散歩しました。いつもはジョギングで通っている道です。時々体の悪い老人がゆっくりと散歩しているのを見かけますが、今度は私がそのような姿になってしまいました。

 ゆっくり歩いてみると、新たな発見がありました。走っている時には見過ごしていたものが見えてきました。それが面白く、普段見慣れて退屈していた道も、少しばかり新鮮な気持ちで歩くことが出来ました。

 樹が大きくなって電線にかかりそうで、そのうち切られてしまいそうだとか、この家にはこんな植物が植わっていたのかとか、今まであった家が取り壊されて、そこから見える景色が広がってとてもよくなったとか、ここの経師屋さんは休日も働いているとか、この家の金属製のガレージが家の姿を台無しにしているとか、この別荘は荒れたままになっているとか、等々、車やジョギングで通っていた時には気が付かなかったことが改めて見えてきます。

 図らずも腰を痛めたことで、普段とは違う景色を楽しむことができました。

10月17日 深まりゆく秋

 甚大な被害を各地にもたらした台風19号が去り、またこの週末は冷たい秋雨が追い打ちをかけるように降り続いています。被災地の皆さまにはこの上なく辛い雨だと思います。

 日本列島に住む限りにおいて、地震、津波、台風、集中豪雨の被害から逃れることは、運を頼みにするしかないようです。ここ信州の富士見町は周囲を高い山で囲まれており、今のところは地震が唯一の心配事であることは幸いと言うべきでしょう。

 今日は雨の中を家内を諏訪中央病院に検査のために連れて行きました。町の健康診断で、心電図に異常が認められるということでの精密検査です。私も先々月に、健康診断でコレステロール値が高いと言われ、同じ病院の総合内科で診てもらってきました。健康診断は機械的な数値判定ですから、この年になれば何かしら異常値がでます。でも実際には異常というほどのことでもなく、そのままの生活を気を付けていれば良いことが大半です。

 健康年齢を伸ばすためには、第一に食事、第二に運動ということで、無農薬の野菜作りを続けていますが、先日はようやく腰痛が収まったので、我が家のすぐ近くの入笠山に登ってきました。


10月25日 刷り込まれた記憶の恐ろしさ

 家内が町の定期健康診断んで、心電図の異常を指摘され、諏訪中央病院に行って精密検査を受けてきました。その帰りの車中で、心臓は体のどこにあるのかという話になり、私は子どものころから聞いていて思い込んでいた通り「左側だろう」と言いましたが、家内は「エコーで鳩尾の辺りを探っていたから体の中央だと思う」と言い張ります。

 家に帰ってからGoogleで調べてみると、家内の言うことが正解でした。ただし左側が少し大きく、左の肺に食い込んでいるとのことです。この「左側」だけが耳に残り、なんと72歳になるまで「心臓は左側にある」と思い込んでいたことになります。思い込みの恐ろしさをつくづくと感じた次第です。

 これでは心臓を突き刺して自殺でもしようとしたとしても、運よく死に損ねたことでしょう。検査の結果は家内の心臓は何事もなく、心配することはないとのことでした。

 この「思い込み」あるいは若い頃に「刷り込まれた知識」は、めったなことでは修正されないようです。

 例えば歴史認識などはその代表格でしょう。今日本史を改めて勉強し直していますが、当時の教科書から学んだ誤った知識を正さなければならない事柄を数多く見つけました。そのいくつかを列挙してみます。

 ・縄文時代は稲作もなく遅れた原始社会であったは誤りである。早い時代から稲作は部分的に始まり、日本人の原型となる豊かな文明を1万数千年に渡って、ゆくりと時間をかけて醸成し続けてきた。その後の「万葉集」や「「古事記」、「日本書紀」、天平文化、平安時代の国風文化への当時の世界レベルに達した文化の基礎は、縄文時代に形成された。縄文時代が日本の原型を創ったと言える。

 ・1万年以上もの間、他民族から侵略されず、独自の文明を連続して発展させてきたのは日本だけである。中国はモンゴルをはじめとする北方騎馬民族の支配を断続的に受け、古代中国文明は唐の時代で実質的に終わっている。ヨーロッパも、人種的にも文明的にも、古代ギリシャ、ローマ文明とは断絶しており、ルネサンスでイスラムを通して吸収しなおした。

 ・日本は中華文明圏に入るは誤りで、縄文時代から独自の日本文明圏を確立してきた。漢字や仏教や律令制度や論語など、中国から取り入れた文明は数多くあるが、絶えず取捨選択して、批判的に、自分流に焼き直して導入した。決して中華文明に飲み込まれることはなかった。これは明治維新からのヨーロッパ文明についても当てはまる。

 ・江戸時代は「鎖国」であったは正しくない。渡航の自由こそ禁止されたが、東南アジアとの交易は盛んであり、この点ではスペイン、ポルトガル、イギリス、オランダと比べても遜色ない。キリスト教(カトリック)布教を通じての植民地支配の野望に対する防衛から、スペインやポルトガルを排除した。

 ・秀吉の朝鮮出兵は、老いた老人の妄想ではなく、当時のスペインの世界制覇の野望を知っていた秀吉の、壮大な夢であった。ただ戦略や情勢の把握が稚拙であったため、失敗した。秀吉はスペインのフィリップ2世とコンタクトがあり、当時の世界情勢を知っていた。ただ当時の武将たちには、秀吉の意図は到底受け入れられるものではなかった。

などなどです。今日はこの辺で終わります。


11月15日 太陽光発電所の建設に反対

 私の家のすぐ近くにある、富士見町最古の別荘地の一つである帰去来荘跡地に、スペインの企業による太陽光発電所が建設されようとしています。樹木に覆われた約5000坪の敷地です。明治時代からの多くの政治家や文化人が訪れた歴史的にも貴重な別荘地です。

 最後の所有者が土地を不動産業者に売り渡したため、最終的にスペインの開発業者に転売されてしまいました。

 現在、近隣の住民による反対運動が始まっています。

11月15日 太陽光発電所の建設に反対

 私の家のすぐ近くにある、富士見町最古の別荘地の一つである帰去来荘跡地に、スペインの企業による太陽光発電所が建設されようとしています。樹木に覆われた約5000坪の敷地です。明治時代からの多くの政治家や文化人が訪れた歴史的にも貴重な別荘地です。

 最後の所有者が土地を不動産業者に売り渡したため、最終的にスペインの開発業者に転売されてしまいました。

 現在、近隣の住民による反対運動が始まっています。

12月20日 太陽光発電所建設の反対運動

 この1ケ月余り、帰去来荘跡地への太陽光発電所建設計画に対する反対運動に明け暮れていました。近所に有力な同志を得て、ようやく年明けから署名活動にはいることになりました。

 この間、朝日新聞と信濃毎日新聞が記事を掲載いてくれたり、スペイン大使館に現状を訴えたり、町議会に働きかけたり、地域の人たちと交流したりと、慌ただしい毎日でした。

 帰去来荘は富士見町にとって歴史的に重要な場所ですから、単に建設反対だけではなく、どうしたらこの場所を保存していくことが出来るかということが、大切なテーマになってきます。

朝日新聞に掲載された記事を添付します。

富士見町の「帰去来荘」にメガソーラー計画
有料記事
依光隆明 2019年12月2日03時00分

 明治から昭和にかけて多くの文人や政治家が訪れた長野県富士見町の著名な別荘を外国系の会社が買収、メガソーラーにしようと計画している。歴史ある閑静な住宅地ということもあり、住民からは戸惑いの声が続出。今後、本格的に反対していく構えを見せている。
 別荘名は「帰去来(ききょらい)荘」。明治末期、鉄道大臣や司法大臣を歴任した同町出身の小川平吉(1870~1942)が建設、長期滞在した田山花袋(かたい)をはじめ近衛文麿、頭山満、田中義一、長谷川如是閑(にょぜかん)、中村不折(ふせつ)、平吉の孫だった宮沢喜一など多彩な人々が訪れた。
 花袋の作品にはたびたび登場しており、たとえば1923(大正12)年の紀行文には、〈富士見の停車場を出てまだいくらも行かない中に、左の丘の上に新しい洋館が見える。赤い白い旗が揚っている。それは測候所である。それと相対して、笠を着たような屋根の馬鹿に大きい別荘が見える。これが小川平吉氏の別荘である〉とある。
ここから続き
 登記簿謄本や業者側が住民に示した資料によると、敷地面積は約1・8ヘクタール。木立の中に木造亜鉛めっき鋼板ぶき2階建て(床面積約200平方メートル)の母屋のほか、五つの居宅または倉庫が点在する。所有権は小川氏の関係者から茅野市の不動産会社に移ったあと、昨年10月に東京都港区のマンション一室に存在する会社に移っていた。
 同じ部屋に存在するのがスペインの会社の日本事務所で、住民への説明資料によると、この会社がスペインの別会社と共同企業体を組んでメガソーラーを建設する構想。資料では使用土地面積が約0・9ヘクタールで、設備容量は約1メガワットとなっている。
 小川平吉と懇意だった関係で、帰去来荘のすぐ近くには5・15事件で暗殺された元首相、犬養毅(1855~1932)が別荘「白林荘」を建てている。白林荘も帰去来荘も、シラカバなどの木立の中で建物が息づく独特の風情。ある住民は「適した場所に節度を持ってやってもらう分にはいいのだが……。帰去来荘のような歴史的建造物をメガソーラーにするのは理解できない」と頭を抱える。別の住民は「帰去来荘のような場所がメガソーラーになったら、それこそ長野の恥です」と憤る。
 富士見町では10月から太陽光発電条例が施行されたため、町としては条例に沿って事業申請前に業者と周辺住民との合意を求める方針。町の担当者は「業者に経過報告書を出していただく」と説明し、「報告書には敷地境界から50メートル以内の住民と、100メートル以内の集落の区長の署名押印を求めることになると思う」と話している。(依光隆明)