私の近況2017

 
1月1日 明けましておめでとうございます。

 
今年も良い年でありますように。


初日の出。富士見町の立沢から 

1月11日 トランプ次期大統領のツイッター政治

 今日のBSフジのプライムニュースでの、櫻井よしこ氏と三浦瑠麗氏の話はとても面白かったです。

 二人とも今日を代表する女性論客ですが、トランプ氏のツイッターに関しては、櫻井氏はその革命的な新しさには未だ気づいていないようでした。司会者の反町氏も、140文字では何も伝えられないという旧来のジャーナリズムから一歩も出ていないようです。

 これに反し三浦氏は、ツイッターで述べられていることは、良く練られた戦略的なものだと看破していました。私もそのように思います。

 トランプ氏はITの持つ瞬時性、遍在性、平等性、直接性を政治の世界に本格的に持ち込んだ最初の人です。ツイッターは形式ばらず、短い文章で伝えますから、分かりやすく、単刀直入です。多くの修飾語を用いて、持って回った言い方をして、曖昧に物事を言う従来の政治の世界とは真逆です。エリート政治家や批評家の好きなポリティカリー・コレクトネスとも無縁でしょうから、本音を出すことができます。良い意味でのポピュリズムです。知識人やジャーナリストたちはこれを「ポピュリズム」、「差別主義」、「排他主義」といった紋切り型の言葉で批判しますが、賢い国民は、そこに真実が隠されていることを見抜いているのです。

 トランプ氏のツイッターは、政治の世界に革命をもたすものだと思います。政治を、エリートの側から、国民の側に引き戻したといえます。情報革命は、ようやく政治の世界にも変化をもたらし始めました。ITの力は民主主義の進展に大きな力を発揮すると思います。これは、良い意味でのポピュリズムであり、マスコミが批判するときに上目線から使う常套句としての「ポピュリズム」から一歩進んだものです。  
 

1月12日 2年振りにアンプを改造

 現行のオーディオ・システムは2年前に大改造を行い、現在に至っています。SACDプレーヤを新調したのをきっかけに、DAコンバータの出力からスピーカまでを、完全バランスアンプにしました。結果は上出来で、今もその音には満足しています。

 ただし一つ問題があり、時々チャンネル・デバイダー回路に使っているオペアンプの動作が不安定になり、ノイズ(軽い発振)を発生させることです。原因は、電源ラインのバイパス・コンデンサーの容量不足であろうと推定していました。すぐに直せばよいのですが、なんとなく億劫で、その間に2年も経ってしまいました。

 もう一つの問題点も浮かび上がってきました。それは中高音域(1.2KHz~5KHz)のレベルがわずかに高く、しばしば音が華やかになりすぎることでした。この帯域は、耳に最も敏感で、ほんのわずかな音の大きさが、音色全体に大きな影響を与えます。この帯域の音圧レベルを2~3dB下げることで、音がフラットな感じになり、落ち着いた自然な雰囲気が再現されるようになりました。ヘッドホーンの音をレファレンスとして比較に使うと、ほぼ同じような帯域バランスになっています。

 私の装置は完全に手作りで、マルチ・アンプ方式の4WAYですが、各帯域の音量バランスは長年の経験化から固定され、極めてシンプルな回路構成になっています。それ故に、中高音域のレベル変更は、アンプ内部の固定抵抗を変更しなければなりません。今までは応急的に抵抗をつなげていましたが、これもきちんとしたものに取り替える必要があります。

 そこで今回意を決して、アンプの手直しをしました。通販で部品を取り寄せ、電源ラインには470μF
のコンデンサーを追加し、中高音の経路には抵抗を挿入して、ゲインを2dBほど低下させました。結果は上々でした。これでしばらくの間は満足して過ごせそうです。

1月14日 シャープを救った台湾

 鴻海とシャープは、中国最大規模の液晶パネル工場を建設すると発表しました。そのすぐ後に、アメリカに液晶パネル工場を作り、アメリカ国内に雇用を生み出すとアナウンスして、トランプ次期大統領を喜ばせました。そしてまた驚くことに、インドにも大規模な液晶パネル工場を作る計画があると発表しました。この矢継ぎ早の展開には驚くばかりです。

 シャープの技実力は、郭台銘氏の率いる鴻海精密工業の経営力と資金力により見事に蘇り、本来得られてしかるべき相応の対価を得られるようになりました。日本企業の優等生だが凡庸な経営者たちには、逆立ちしてもできないことです。もしあの時、産業革新機構の資金援助を受け入れていたら、あのジャパンディスプレイのような平凡な日本企業になっていたことでしょう。

 日本にも優れた経営者がいなかったわけではありません。松下幸之助とか、本田宗一郎とか井深大とかですが、まだ企業規模が小さく、産業が創業期にあり、国際化も進んでおらず、何よりもアメリカというモデルがあった時代です。今日のグローバル化の時代には、日本人の発想を超えた経営手腕とスピードがなくてはなりません。

 日本にも、ソフトバンクの孫さんのような桁外れの経営者がいます。このような人が日本にいなければ、海外から招いたり、あるいは天才的な経営者によって企業が買収されるなどすれば、優れた技術力はありながら泣かず飛ばすでい続ける、NECや富士通や東芝や三菱電機なども、世界企業に脱皮できる可能性があるのではないでしょうか

1月21日 トランプ大統領就任

 マスコミや知識層から徹底的に悪口を言われ続けた大統領がついに就任しました。私は、当初からトランプ大統領は何かをやってくれるものと期待していました。この点では、アメリカ中西部の、学歴も教養もない労働者階級の人たちと同じメンタリティーかもしれません。

 オバマ大統領は理想化で、高邁で格調高い演説をして、多くの支持を最後まで失いませんでした。核廃絶の演説や、広島訪問はその代表です。しかし、正しいことを言ったから、正しい結果が得られるかというと、そうとはならないようです。結果的には、中東を混乱させ、中国の台頭を許しました。

 トランプ大統領は、インテリ好みの格調高い演説はしませんが、経済と安全保障では何かしらの良い結果を残してくれるのではないかと期待しています

1月25日 天皇陛下の退位 と{有識者」

 最近は、朝日新聞が反対しているから、これは良いことかもしれないと、考えるようになりましたが、天皇陛下の退位の問題に関しては、朝日新聞に賛成です。

 有識者会議が、天皇陛下の退位をめぐり、論点と考え方を公表しました。内容は「一代限り」を暗に押しています。私はこの考え方に反対です。あくまでも恒久法を定めるべきだと思います。

 この点では、今朝の朝日新聞の社説はとても良いことを言っています。「いま提起されているのは、象徴天皇の役割とは何か、その地位を高齢社会の下で安定的に引き継いでいくにはどうしたらいいか、という重い問題だ。」
 
 天皇陛下は、公式行事を行う他に、象徴天皇としての役割を担うことが憲法で定められています。象徴として何をするかは、憲法や皇室典範で定められているわけではなく、天皇陛下のご自身のご判断でなさることです。象徴の役割を真剣に考えれば、負担は重くなることはあれ、軽くなることはないでしょう。高齢になれば当然のことながら、象徴としての役割を担うことは困難になります。 

 憲法で定めた象徴天皇制においては、高齢になった場合の退位の問題は必然的に生じるものです。この点を度外視して、一代限りとはあまりにも無責任な対応です。「有識者」の言うことは疑ってかかった方が良さそうです。

2月1日 綺麗ごとだけでは解決しない難民、違法移民問題

 トランプ大統領の一部の国に対する入国制限に反発が高まっています。新聞の社説などでは、米国の建国の理念に反すると、言い古された文句で批判しています。では大量の難民や違法な移民に対して、対策はあるのでしょうか。平等・人権・自由の理念という綺麗ごとで批判だけしても、それは無責任な態度です。

 アメリカも、いつまでも無制限に移民を受け入れ続けることは困難でしょう。EUも、表向けは人権や平等の理念のもとに、難民受け入れを進めていますが、現実には限界に達し、本年ではトランプ大統領と同じではないかと思います。Appleやスターバックスなどが難民を雇用すると言っていますが、本音だは安い労働力が魅力なのかもしれません。

 日本は、難民が押し寄せる前から制限しています。これは、国際的には非難されるかもしれませんが、正しい選択をしていると思います。ただし、審査は厳格化して、もう少し受け入れてもいいのではとは思います。

 難民や不法移民の問題は、地球から戦争が無くなり、経済格差が縮まらない限り、根本的にはなくならないでしょう。また、急激に進展しすぎたグローバル化が、経済的格差を助長し、難民や違法移民問題に拍車をかけています。

 行き過ぎたグローバル化を少し戻す動きが出てくるのは自然の流れだと思います。移民制限、保護主義、ポピュリズムなどと一方的に批判するのではなく、行き過ぎを適度に修正していくことが大切ではないかと思っています。

2月11日 伊勢参り  日本人の心のふるさと伊勢神宮

 70歳になって、やっと伊勢神宮を参拝してきました。一日目は外宮とその別宮を、二日目は早朝の内宮参拝、三日目の朝も、宇治橋に登る朝日を拝んで、二度内宮を参詣しました。

 神社の人も珍しがるほど人の少ない日で、誰もいない正宮で、独り占めしたように、ゆったりとお参りすることができました。全くの幸運でした。

 伊勢神宮は別格でした。厳粛ですがすがしく、全身が改まったような気持になります。伊勢神宮は日本人の心の故郷であることを心底から感じました。

 帰途は斎宮で途中下車して、斎宮跡と歴史博物館を見てきました。すっかり忘れていたのですが、源氏物語のなかで、六条御息所が斎王になった娘に付き添って、伊勢の斎宮に行ったことを思い出しました。

2月15日 トランプ・安部時代が到来するか?

 今回の日米首脳会談について、国会で野党がどう攻撃しようが、空しく響くだけです。素直に成果を認めたほうが、これ以上に野党の支持率が低下するのを防ぐ手助けになると思います。

 好き嫌いは別にして、安倍首相の支持基盤は盤石です。ヨーロッパが混乱している今、世界を見渡しても、日本ほど政治的に安定している国はありません。

 このような時に、トランプ大統領と個人的な信頼関係を築くことが出来たことは、大変に意義深いことです。明治の開国以来初めて、日本が国際社会で指導的な役割を果たせるチャンスが来たと言えます。これからは、安倍首相の手腕に期待したいところです。

 今回の日米首脳会談で、ロシアとの対話について双方で合意が形成されました。米ロの関係がうまくゆけば、日ロ関係にも良い結果が期待できます。

 日ロ戦争における日ロ講和条約締結で、セオドア・ルーズベルト大統領が果たしたような役割を、トランプ大統領に期待するのは的外れでしょうか。そんな可能性も感じられます。

2月17日 江戸時代は鎖国にあらず

 先日、文部科学省は小中学校の教科書から鎖国という表現をなくすと発表しました。理由は、幕府は、長崎と対馬、薩摩、松前という4つの窓口を通して、中国とオランダ、蝦夷地と交易し、朝鮮・琉球からは使節を迎えていたからということです。

 
こんな基本的なことが今頃になって見直されることに、少し驚きを感じました。これほどに、歴史しというものは、一度作られそれが一般的に受け入れられてしまうと、容易に変えられないということです。これからも、今まで常識であった歴史が見直されことがでてくるでしょう。

 歴史観を政治的に利用する国家が存在します。自国に都合の良い歴史を作り上げ、他国を攻撃するために歴史を捏造する国があります。こういう歴史観が、国際常識にならないようにする努力が求められています。

3月2日 低音用パワーアンプの改造

 現在使っている低音用のパワーアンプは、義理の父が使っていたマッキントッシュのパワーアンプの電源部とヒートシンクと筐体だけを再利用して改造したものですが、電源からの回り込みと思われるハムが僅かに出るので、思い切って改造することにしました。

 そのついでに、バランス型のパワーアンプを新規に作成しました。現在使用中の、中音以上を受け持つバランス型パワーアンプのパワーアップ版です。同じようにOPアンプを使っています。

 詳細は
バランス型チャンネルデバイダー内蔵パワーアンプ
をご覧ください。結果はまずまずのようです。

3月11日 東日本大震災と台湾人

 東日本最震災から6年が経ちました。

 200億円以上の救援金を贈ってくれた台湾では、80人あまりの人たちが集まり、追悼式典が行われたということです。

 産経新聞の報道で、台湾の長栄グループ(エバーグリン・グループ)を築いた張栄発氏のことを初めて知りました。

 張栄発氏は、大震災が発生したとき、10億円もの個人資金を救援のために寄付をし、さらに長栄グループを挙げて、救援のための物資輸送などを無償で行ったということです。

 日本人でも孫正義氏のように100億円を寄付した人がいます。これも大変な驚きですが、外国人で日本のために多額の金額を寄付してくれた人がいたことを知って感動しました。事業を立ち上げるにあたり、日本に恩を受けたということで、特に仙台港の好意には深く感謝をしているとのことでした。張氏は90歳で亡くなりましたが、このような親日家がいたことを嬉しく思います。


4月21日 忘れられつつある帝王 カラヤン

 現役時代BSプレミアム・シアターで放映されたカラヤンのドキュメンタリーを録画しておいたのを、昨日見ました。カラヤンは特に好きでもなく、晩年に録音された数枚のCDを持っているだけです。どうしてもカラヤンの音楽には感動できないからです。

 ウイーンフィルと残した『悲愴』を聴くと、出だしの美しさ、息の長いフレージングの見事さは最高です。でも聴き進めていくと、美しさが平板で、音楽的効果が計算されている感じがして、感動が伝わってきません。職人芸の工芸品を見ているようで、芸術作品の持つ力を感じないのです。

 そういう訳で期待もせずに見たのですが、カラヤンの録音に賭ける情熱や、録音風景、録音に関する考え方をまとめたもので、大変にに面白い内容でした。
 カラヤンは、自分の音楽を記録して後世に残そうとしたようです。「自分の音楽はピラミッドより長く残るだろう」と思っていたようですが、本当にそう信じていたのでしょうか。

 カラヤンはトスカニーニとフルトヴェングラーの指揮を融合させようとしたようです。トスカニーニの正確さと、フルトヴェングラーの表現力という、相矛盾するものを両立させようとする、不可能に近い試みでした。

 トスカニーニとフルトヴェングラーには、いまだに熱烈なるファンがいて、CDも再版され続けています。はたしてどれだけの人が、カラヤンを忘れずにいるでしょうか。

 カラヤンは録音に関してこう述べています。
「観客の全員が同じ音を聴けると思いますか。ホールでは席によって音の印象が異なります。そしてそれが観客の耳に届いた時、観客は音楽を誤解しかねない。
 ホールでは聞けないような音も、録音なら作れます。怖いほど美しいものを生み出せるのです。」

 また、録音でしか聞き取れない音楽があるとも言っています。

 カラヤンの録音技師を務めていた人は、「生演奏の方がレコードよりも3倍もいい。全く別物です。どんなに良い録音も、生演奏の魅力にはかないません。」と言っていましたが、カラヤンはそうは思っていないようでした。

 カラヤンは自ら録音の編集に係わりました。妥協をせずに、音のバランスを整えました。極上の音楽を求め、音の細部にこだわり続けました。

 
しかしながらオーディオ的な観点から見ると、カラヤンの録音で音が良いと思ったことはありません。そこが不思議なところです。レコードのレビューでも、カラヤンの録音が優秀録音と評価されたものはないように思います。彼は音楽的に美しい音を求めたのであって、必ずしもオーディオ装置で聴いた時にいい音がすることを求めたのではないのでしょう。

 録音好きで、機械好きのカラヤンは、CDの開発に並々ならぬ興味を持ち、SONYのために大変貢献したようです。アナログ・テープよりはるかにいい音で記録できるデジタルに、大いなる期待を寄せたことは当然でしょう。

 カラヤンにとって不幸だったことは、晩年の数年しか、デジタル録音を残せなかったことです。本人はとても残念だったことでしょう。

 カラヤンはこう言っています。「皆さん、私は自分を冷凍保存して、25年後にもう一度生き返りたい。そして、これまでした全ての録音を、2015年の録音技術でやり直したい。」と。

5月1日 正論 少子化対策

 今日付けの産経新聞『単刀直言』に載っている、自民党参議院議員の三原じゅんこ氏の疑問は、その通りだと思います。

 「少子化対策というと、どうしてすぐに保育に結びついてしまうのでしょうか。不思議でたまりません。こんなことを言うと古くさいと思われるかもしれないけど、私たちが子供の頃、「将来何になりたい?」と聞かれたら大抵は「花嫁さん」と答えたでしょ。

 でも今は男女とも結婚願望がない。結婚したい人が減っている現状を何とかせず、どうして子供が増えるんですか。政府は待機児童解消に4兆円をつぎ込んでいますが、結婚に関する予算はたった40億円。予算配分を間違えていると思いますよ。」

 われわれの時代は、「お見合い」の風習が残っていました。結婚適齢期になると、「そろそろどう」とお見合い写真を撮ったものです。

 現代は、他人のことに係わることを嫌う時代ですが、良き風習は残していきたいものです。結婚せずしてどおして子どもが増えるでしょう。虎の子を大事にする子育て支援も必要ですが、それよりも先立つものが必要です。

5月3日 別所温泉・塩田平ウオーキング

 塩田平を、塩田から別所温泉まで、10Kmのコースを歩いてきました。新緑と桜がきれいで、遠くに残雪の浅間山や四阿山や根子岳を眺めながら、とても気持ちの良い半日行程でした。

 お勧めできるハイキングコースです。別所温泉には歴史的な寺院が幾つかあり、自然と文化を満喫できます。もちろん温泉もあります。

5月14日 Murray Perahia の超お買い得CD

 ペライアの各賞を受賞した名演奏CD15枚を集めたボックス・セットが、なんとHMVから会員価格で3440円で購入できました。1枚230円程度という信じられない安さです。しかも、ペライアの飛び切りの名演奏です。

 録音も優秀です。比較的古いモーツァルトのピアノ協奏曲も、デジタル録音の時代のものです。SONYレーベルのCDには、時として、録音の良くないものが見かけられますが、この一連のCDはどれも録音が良く嬉しい限りです。
 
 このところは毎日1枚づつペライアのCDを聴くのを楽しみにしています。昨夜は、ゴールドベルク変奏曲を聴きましたが、グールドとは全く違った演奏スタイルで、別の曲かと思うくらいの違いですが、これはこれでとても良い演奏です。幾度も繰り返し聴きたくなる演奏です。繰り返し聴きたくなる演奏には、そうたびたびお目にかかれるものではありません。

 ついでに、Gunter Wandが最晩年にミュンヒェン・フィルと演奏した一連のライブもボックス・セットで販売されています。ブルックナーの4,5,6,8,9番、とシューベルトの8,9番等が収められており、8CDが3784円とこれも超お買い得です。こちらも名演奏で、録音も優秀です。


5月23日 横浜のバラ

 息子が主張で帰国し、横浜のみなとみらいにあるホテルに宿泊したので、同じホテルに二泊して、久しぶりに親子三人でで休日を過ごしました。

 みなとみらいを散策し、山下公園から港の見える丘公園、外人墓地を見て、元町まで足を延ばしました。

 ちょうどバラが満開になる季節で、山下公園と港の見える丘公園のバラ園が実に見事でした。広い公園に、膨大な数のバラが咲き誇っていました。もう見事しか言いようがありません。色とりどりのバラが、とうど満開を迎えていました。バラと花が隙間なく植えられています。

 色彩の統一感はないのですが、空間が広いので、違和感は感じません。普通の庭では植えられないような、強烈な赤やピンクのバラも、自然と溶け込んでいます。広さの特権でしょう。バラが余りにも多く、デコレーションケーキをたっぷり食べたような気分になりました。

 今まで幾つかのバラ園を見ましたが、これほど見事なバラを見たのは初めてです。

5月30日 面白い演奏と退屈な演奏

 5月14付け、『Murray Perahia の超お買い得CD』で、ペライヤを称賛しましたが、正直なところ、ペライヤは協奏曲は素晴らしいと思いますが、ソロは少し退屈なところがあります。

 本当のところは分かりませんが、彼は真面目すぎるのではないのでしょうか。CDジャケットの写真はいつも背広をきちんと着た、端正な姿で写っています。

 バッハの『イギリス組曲』は、ペライヤの演奏では少し退屈をし、最後まで聴くのに少々忍耐を必要とします。そこで、グレン・グールドの演奏で聴いてみると、これが実に面白く、全く退屈することはありません。テンポ感、リズム感が実に心地よいのです。

 やはり、グールドは天才であることを改めて感じました。ペライヤは優等生という感じです。


6月1日 ペライアの『フランス組曲』は面白い

 前回、ペライアのピアノソロは退屈だと書きましたが、『フランス組曲』を聴いて認識を改めました。実に面白いというよりも、聴いていて深く感動する、この上なく優れた演奏です。退屈するどころか、最後まで一気に聴き終えてしまいました。今も繰り返し繰り返し聴いています。聴けば聴くほど、味わい深い曲と演奏です。

 『フランス組曲』は、前半の三組曲は悲しみと優しさに満ち、後半の三組曲は喜びと幸福感に満ちています。全体に優雅で、上品で、気品があり、舞曲のリズム感が心地よく響いてきます。『フランス組曲』はペライアの演奏スタイルに、とりわけよく合っているように思います。端正で真摯な感じのするぺライヤの真骨頂ともいえる演奏です。

 ほぼ同時期に作曲された『イギリス組曲』とは、随分性格が異なります。『イギリス組曲』の方が、変化と多様性に富んでいます。ちなみに、呼び名の「フランス」と「イギリス」は、後世に付けられたもので、特に意味はないようです。

 ペライアの『フランス組曲』はドイツ・グラモフォンとの契約の第一弾として録音されたCDで、ペライアの美しいピアノの音色を聴くことができます。今までのSONYよりも、格段に録音が優れています。


6月16日 車の買い替え

 70歳を迎え、次の車をどうするか思案していました。年金生活であまり贅沢は出来ないし、とは言ってもそこそこの車には乗りたいし、またいつまで乗れるか分からないしと言う具合に、今までの車を乗り続けてきました。
 
 というわけで、第2世代のプリウスを13年間乗ってきました。

 つい先日、車を買わないのに10年間にわたり、折に触れ来訪していたトヨタのセールスマン氏がやってきました。そろそろ車の乗り換えを考えているとという話をすると、間髪を入れず、「今お買い得車があります。新型プリウスの特別仕様車の展示品がありますから、値引きも可能です。」ということです。さすがにベテランのセールスマンだけあって、セールストークはお手の物です。

 こちらはそれを承知の上で、車を買う丁度良い機会だと思い、見積もりを出してくれるように頼みました。

 これからはそう長距離の運転はしなくなるから、比較的買いやすいもっと小さな車にしようかと迷いました。でも孫たちが来た時に少しでも安全・快適に車に乗りたいし、遊びに来るお客さんを乗せて出かけるのにより大きい車の方が便利なので、以前から気に入っていた新型プリウスに決めました。

 さっそくセールスマン氏は、試乗車に乗ってやってきました。乗ってみると、足回りがしっかりし、運転しやすく、路面の凹凸のショックが少なく、静寂性も増し、思った通り良い車でした。デザインは好みが分かれるようですが、私は気に入ってます。在庫品の車の色は、パールホワイト・シャインということなので、これも希望通りでした。

 インターネットで調べた値引き動向を目安に価格交渉した結果、こちらの要求がほぼ満たされたので、契約しました。セールスマン氏は、たびたび店長に電話でお伺いを立てての結果でした。

 後日、セールスマン氏からお礼の葉書が届き、「数ある販売店の中から当店を選んでいただきまして、この御恩は忘れません。・・・」とありました。10年間も通い続けてくれたから、今度買う時はあなたから買うと決めていましたと伝えると、嬉しそうでした。セールスとはそのようなものだと思います。


6月27日 東芝半導体の再建は???

 東芝のフラッシュメモリーの再建は官民ファンドの産業革新機構を軸とする「日米韓連合」と27日にも売却契約を結ぶことになったようです。はたしてうまくいくでしょうか。

 
私は危惧の念を感じえません。メモリー事業は、資金力が豊富で、迅速で果敢な判断を下せる優れた経営者のもとでないと成長できないと思います。産業革新機構だどではうまくいかないのは明白です。「日米韓連合」などというものは、「船頭多くして船山に登る」の喩えを地で行くようなものです。
 
 「日米韓連合」は技術の流出を恐れることが理由の一つのようです。しかし、半導体技術は日進月歩です。古くなる技術の日本からの流出を恐れるあまり、もっともうまくいかない可能性を追求しているような気もします。


7月3日 奢れるものは久しからず

 都議選で自民党は大敗しました。都民ファーストの風は、祇園精舎の鐘の音を伝えることになるのでしょうか。

 森友問題や加計問題は安倍政権の牙城を突き崩す蟻の一穴になるかもしれません。小池さんの勝利は、その穴をさらに広げたように思います。

 森友にしろ加計にしろ、政府の対応はお粗末でした。不祥事があると、最初は否定したり逃げ回ったりしますが、最後は逃げ切れなくなり、惨めな最後を迎える例が跡を絶ちません。最初から認めていれば、そこまでは追い込まれれなかったと思われることがしばしばあります。

 自民党の行方は、加計問題の処理の仕方に関わっています。

 あるいは、小池さんが初の女性首相になるのでしょうか。

6月29日 新車


 ついに2代目プリウスから4代目プリウスに乗り換える日が来ました。中学校の同窓会が前日にあり、松本の実家に泊まったので、この日は松本から茅野トヨペット店に直行しました。この時の燃費は27Km/lでした。13年間故障もなくよく働いてくれました。

 新車はいつ乗ってもいいですね。あの新車特有の匂いが好きです。それと、ハンドルを握り、恐る恐る走り出した時の新鮮なフィーリングがたまりません。

 しかし、馴染むには時間がかかりそうです。長年乗った車は、古女房の味わいとでもいいましょうか。

 それにプラスして、最近の車はいろんな装備が付いているので、操作に慣れるまでが大変です。ディスプレイの操作を覚えるのに数日はかかりそうです。はたして機械に苦手な人やお年寄りは使いこなせるのかと思います。私の家内には無理のようです。

7月13日 なんとなく過ぎていく日々

 梅雨の中休みなのか、連日暑い日が続きます。とは言っても、信州の高原地帯ではまだこの季節では30℃まで気温が上昇することはありませんが、それでも体が慣れていないせいか、あるいは年齢のせいなのか、なんとなく怠さを感じます。

 毎日の日課で、畑に行くか、畑に行かないときはジョギングをすることに決めています。朝起きて怠さを感じるときでも、軽いジョギングをして汗を流すと、気分がすっきりとして、いつもの活力が戻ってくるようです。

 夏のカンカン照りの日になると、、二階のオーディオルームは暑くなるので、音楽を聴く機会は激減してしまいます。この1週間ばかり、ほとんど装置のスイッチを入れることがありませんでした。これも毎年のことです。

 毎年の代わり映えしない日常ですが、庭と畑は、毎年様子が変わるので、その年その年の新鮮な喜びがあります。昨日は、大量に穫れた野菜を、お隣に届けました。

 こんなマンネリ化した日常に、ささやかな変化を与えてくれたのは新車です。おかげで車での外出が楽しくなりました。家内に車で送ってと言われても、面倒に感じなくなったのは、新車効果といったところです。
 

7月14日 夏にはバロック音楽が合う

 今日は曇りで過ごしやすいので、久しぶりに昼食後から音楽を聴きました。曲は最近繰り返し聴いているVivardiです。

 今まで殆ど興味を惹かれなかった曲に、たまたま共感する演奏に接してから、すっかり虜にさせられてしまうことがあります。この前のPerahiaのBachに続き、Rachel PodgerのVivardiです。

 私がすっかり気に入ってしまったのは、次ぎの3組のCDです。
'La Cetra'
'L'Estro Armenico'
'La Stravaganza'

 
今までVivaldiといえば、I Musici の 'Le Quattro Stagioni' や 'Conceruti da Camera' くらいしか熱心には聴いたことがありませんでした。ところが、Rachel Podgerの弾くバロック・ヴァイオリンを聴いてから、すっかりVivaldiの虜になってしまいました。

 こんなに新鮮で鮮烈なVivaldiを聴いたのは初めてです。退屈どころか、いつまでも聴いていたくなる演奏です。木陰を吹き抜ける涼風のような、爽やかで心地よく、また歯切れよく颯爽とした演奏は、夏の暑さを忘れさせてくれます。夏の夜に聴くにはぴったりの曲です。

 Channel Claccics から出ているSACDで、録音も素晴らしく、オーディオ的にも楽しめます。この録音会社はかなりマニアックな感じで、録音機材がCDのジャケットに記載されていますが、ケーブルにまで凝っていて、Van den Hulの特製ケーブルを使用しているとのことです。その効果かどうか知りませんが、録音はストレートで、時としてはヴァイオリンの音が生々しくて、耳に鋭く突き刺さる感じさえします。CDの音量も、高めに録音されています。

 音もさることながら、素晴らしい演奏だと思います。Vivaldiがこんなに面白いとは、70歳になって初めて知りました。

7月30日 粋な計らい

 13年間無事に乗ったプリウスを、新型プリウスに乗り換えて一か月近く経ちますが、乗り心地の良さには満足しています。ハンドリングが楽になり、室内は静寂で、シートもしっかりした造りで、長時間乗っても疲れにくくなりました。燃費も、以前での車では達成できなかった30Km/Lを超えるようになりました。

 先日、トヨタの営業マンから、新車購入時に撮ってくれた記念写真とともに、廃車になった旧プリウスのエンブレムなどを外して額に入れた記念品が届けられました。車のリサイクル業者が作成してくれたようです。

 電池などは再利用されるようです。

 長年乗った愛車が解体され、リサイクルされたという証と、記念としての心遣いが感じられ、嬉しくなりました。記念品として、スピーカの上に置いています。

8月2日  子どもの語学習得能力

 子どもの語学習得能力は驚くばかりです。夏休みでサンフランシスコ郊外のバーリンゲイムから帰国した4歳になったばかりの孫は、一年間三歳児用の学校に週に三日ほど通っただけで、姉弟同士の会話や独り言は、日本語よりも英語の方が先に出てくるようになっていました。

 現地の小学校2年を終了したばかりの姉のほうは、日本語の方に苦労するようになってきていました。読み書きは英語の方が容易な様子です。

 弟のほうは、よく聞いていると、heもsheもごっちゃにしたりしていますが、日本人にはけっこう難しいと思う単語も交えて、ちゃんとした文章も言えるようにもなっています。

 日本語には日本語で、英語には英語で自然に反応しているようです。頭の中では、日本語も英語も区別はないように感じます。

 苦労して英語を学び、未だに英語が身についていない私には羨ましいばかりです。

8月8日 トヨタはハイブリッド車を捨てられるか

 私は新しい技術が好きなので、トヨタがプリウスの2代目を発売した時、すぐに予約しました。当時はまだ生産体制が整わずに、納車までに1年近くも待たなければなりませんでした。

 ガソリン消費が少ないハイブリッド車が、いずれ車の本命になると確信していました。EVはまだバッテリー技術が追いつかず、実用化は大分先のことだと感じていいました。

 その後のハイブリッド車の売れ行きは期待通りで、3代目のプリウスは販売台数トップを行くようになるほど、市場に浸透しました。

 ハイブリッドは、ガソリン車と比べて燃費が良いものの、ガソリンで走ることには変わりはなく、技術的には素晴らしいのですが、中途半端な感は否めません。

 最近は、欧米を中心に、EVへのシフトが加速してきました。ドイツ車は、ディーゼルエンジンの失敗からの挽回を一気に図ろうとの思惑がありそうです。ハイブリッドで後れを取ったことから、将来の本命であるEVに開発資源を集中させる戦略のようです。日本でも日産はこの路線を突っ走っています。

 さて、トヨタはどうするのでしょうか。当面はハイブリッドで稼ぐだけ稼ぎ、この間にEV車の開発を進めるようです。しかし、ハイブリッドでの成功が足を引っ張り、EVへのシフトが遅れる可能性があります。

 成功体験があだとなり、次のステップで敗退する例は数多くあります。SONYは、アナログ技術のウォークマンの成功から抜けられずに、デジタル技術への対応が遅れ、デジタルのウォークマンではアップルの後塵を拝しました。

 そこで私なりに考えると、次期プリウスである5代目プリウスは全てプラグイン・ハイブリッドとEVにすべきではないかと思います。当面は、プラグイン・ハイブリッドが、実用性から見て最適解でしょう。

 全面的にEVになるためには、バッテリー技術の技術革新がまだまだ必要です。太陽光発電のような再生可能エネルギーで、EVのバッテリーに充電するインフラも整える必要があります。

8月27日 『四季』を改めて聴く

 最近、Rachel Podger の演奏するVivaldi に触発されて、すっかりVivaldi が好きになってしまいました。

 今更'Le Quattro Stagioni' などと思っている人は多いと思いますが、私もその一人で、『四季』はごくたまにしか聴かなくなりましたが、ここで改めて聴きたくなってきました。残念ながらPodger は 'Il Cimento dell'Armonica e dell`Inventione` 『和声と創意の大胆な試み』を録音していません。

 そこで、面白そうな演奏をネットで検索してみました。そして購入したのがI Solisti Italiani(イタリアのソリストたち) と Fabio Biandi/Europa Galante(粋なヨーロッパ) によるCDです。前者は近代楽器による演奏で、後者はバロック・アンサンブルです。

 結果は大当たりでした。I Solisti Italiani による『四季』は、今まで聴いた中で最も美しい演奏であり、Fabio Biandi/Europa Galante によるものは、もっとも尖った面白い『四季』でした。『四季』はもう聴き飽きたという人にも、新鮮で斬新に聴こえることは請け合いです。どちらも録音は秀逸で、音よし演奏よしの銘CDです。

 I Solisti Italiani の演奏はこれぞ本場の『四季』といった演奏で、オーソドックスな模範的な演奏ですが、滑らかで瑞々しく、闊達なリズムは極上の弦の音色とハーモニーにのって、心地良いばかりです。最も美しく楽しい『四季』です。

 一方、 Fabio Biandi/Europa GalanteFabio による演奏は、尖った演奏の代表格で、斬新そのものです。I Musici の演奏に聴き飽きた人には、是非お勧めします。尖っているといっても、心地よい尖り方で、肩こりや腰痛のツボをうまく突いてくれるような心地よさで、こういう演奏は天才にしかできないのではと思わせます。意表をついているような表現ですが、説得力があります。丁度グレン・グールドの演奏のように。

 今はこの二枚のCDで熱い夏を乗り切っています。『四季』もいいですが、その後に続く8曲が実は聴きどころです。

8月29日 プリウスマニア

http://www.priusmania.net/index.html
 
 19年間続いたプリウスマニアというインターネットのサイトがあります。ハイブリッドも大半の車に搭載されるようになり、広く普及したことで、ハイブリッド車を啓蒙する熱烈なプリウス愛好家によるこのサイトも、歴史の役割を終えるときが来たようです。

 私も、2代目のプリウスを発売と同時に注文した時から、このプリウスマニアのサイトを見ることを日課にしていました。

 和気あいとした雰囲気で、時にはネットにありがちな中傷じみた険悪な雰囲気になりかけたり、これをサイトの管理人がうまくコントロールをしたりと、なかなか楽しいサイトでした。

 楽しいだけでなく、多くの事を教えてくれました。燃費競争などは運転の良い目標になりました。プリウス好きの熱烈な方々からは、車の改善点などの提案があり、そのいくつかは実際にモデルチェンジの時に取り入れられたりしました。トヨタの車の開発者も、このサイトを参考にしていたことはまあ違いありません。

 プリウスが普及するにつれて、このサイトの役割は逆に薄くなって行き、私も次第に遠ざかるようになってしましました。

 そして久方ぶりに、4代目プリウスに買い換えたことをきっかけに、プリウスマニアを訪れてみると、いまだに健在であることを知って嬉しくなりました。しかし、遂にプリウスマニアもその歴史的使命を終える時を迎えたようです。

9月12日 四角四面の法務局

植えてから2年目で美しく咲いたタカサゴユリ


 故あって、家内と家内の妹の共有名義の築40年のマンションを、家内の名義に変更することになりました。インターネットで調べると、行政書士に頼むと最低でも8万円は手数料として取られるようです。ネットで検索すると、個人でも手続きは可能で、法務局のホームページに手続きの詳細が載っているとのことです。

 そこで早速法務局のホームページを開くと、手続きの仕方に合わせて、ひな形がワードのファイルで提供されています。

 そこで、先ずマンション所在地の市役所から固定資産税評価証明書を取り寄せ、法務局の案内書に従って登録免許税を計算し、登記申請書、登記原因証明情報、委任状などのひな形をダウンロードして必要事項を記入し、一応完成させました。

 実はここからが大変でした。
(1)登録免許税の支払い
 登録免許税は2万円までは収入印紙でよいとあります。それを超えるときは、金融機関から支払うようにとあります。そこで、近くの八十二銀行に行くと、登録免許税とは何ですかと聞かれ、窓口で話が全く通じません。奥の机に座っている人に代わってもらいましたが、それでも分からず、本店に問い合わせてようやく納税の用紙があることがわかりました。しかし、その用紙の記入の仕方が解らないとのことです。仕方なく、法務局に問い合わせると、金額に関係なく収入印紙で良いとのことでした。

(2)法務局の管轄
 これはこちらが十分調べなかったのがいけないのですが、地方法務局にはその県内に幾つかの出張所があり、マンション所在地の管轄の出張所でないと受け付けてくれません。それを知らずに郵送した結果、「却下」ということで、申請書と収入印紙は没収され、それ以外の書類が返却されました。合計で12万円の収入印紙代は、税務署から還付されるとのことで、その手続きの書類も郵送されてきました。

(3)印鑑が一か所抜けていた
 書類の不備として、印鑑を一か所押し忘れているとの指摘がありました。法務局のひな形通りに作成したのにおかしいと思って見直すと、名前の記載例の横に目立たない書き方で「印」とありました。これはこちらの見落としでした。

(4)地方法務局の出張所に再提出
 収入印紙を買いなおし、登記申請書を作り直し、返信用のレターパック・プラスを同封して送りなおしました。すると翌日、法務局の出張所から電話があり、
登録免許税の計算が違っており、100円足りないとのことです。
 法務局のホームページには、不動産価格の1000円未満を切り捨て、税率を掛けて出た数字の100円未満を切り捨てとあります。しかしながら、出張所の担当者の言うには、1000円の切り捨てはしてはならないと言うものでした。腑に落ちませんが、100円の事ですから言われるままに、100円の収入印紙を送ることにしました。
 もう一つ、返信用に入れたレターパック・プラスはだめで、受取人指定郵便ではないとだめだということです。返信用の封筒と切手910円を送るようにとのことです。こんなことは、法務局のホームページには載っていませんでした。
 その旨を電話で答えると、それぞれに細かなことがありますということです。

 登記申請は内容的には簡単なことですが、手続き方法が分かりにくく、何度も法務局とやり取りすることになります。何でもないことに行政書士に大金を支払う所以です。

9月26日 大義なき解散 安倍首相に失望

 今回の解散には大義が感じられません。安倍さんは、下り坂に差し掛かったようです。

 安倍首相は有利なうちにとにかく解散したいのでしょう。時間がたつほどじり貧になり、野党がばらばらな今なら、なんとか憲法改正に必要な議席を確保できるだろうということかもしれません。

 だから、解散の大義には説得力に欠けるようです。消費税の教育無償化への変更とか、北朝鮮情勢が緊迫化を増すからとかは、取って付けたような理由で、説得力に欠けます。納得できる人は少ないのではないかと思います。

 安倍首相は外交では大きな成果を残したと思います。外国訪問回数は58回、訪問国延べ数は70国になります。歴代の首相のなかで突出しています。日本の国際的地位と影響力を高めたことは、大いに評価できます。

 アベノミクスの成果についてはまだ道半ばですが、大成功とは言えないまでも、今のところ失敗でもなさそうです。

 北朝鮮の危機に対しては、トランプ大統領とうまくやっているようです。安全保障面では安定感を感じます。

 籠池、森友問題など、下手糞な対応がありましたが、現状では野党も含め、安倍首相に代われる人材はすぐには見当たりません。

 小池知事が「希望の党」の党首になることを決断しました。小池さんが総選挙の台風の目になることは間違いないでしょう。面白くなってきました。力に陰りが見え始めた安倍首相は、足をすくわれることになるかもしれません。

19月29日 メディアの軽薄さ

 民進党の解党と希望の党への参入が決まりました。前原さんはよくやったと思います。前原さんは立場上、民進党議員の全員の希望の党への受け入れを主張しているようですが、これは無理なことです。民進党が瓦解した原因の第一は、左から右の人たちの寄り合い所帯で、党としてのまとまりが無かったからです。

 民進党の全員が希望の党へ移ることは、あり得ない話です。これでは今までの民進党と何ら変わらず、名前を変えただけといいうことになります。

 希望の党が民進党の受け入れに際し、選別することは当然で、これに対して一部のメディアは「排除の論理」と称しています。

 日経の電子版では 小池氏「排除の論理」、朝日の電子版でも 「排除の論理」小池氏の一存 とあります。読売新聞は 候補選別 とあり、もっともな書き方です。

 メディアの軽薄な紋切り型の報道は、質の低下を表しているのでしょうか。

10月1日 八ヶ岳横断トレイル

 天気が良いので、天女山から美の森までの八ヶ岳横断歩道を「歩いてきました。往復で約11km、5時間半のコースでした。

 美しい森を抜けると、八ヶ岳牧場が広がり、赤岳と権現岳が目の前に迫ります。日本には珍しい、開放的で牧歌的な風景です。これはお勧めのコースです。 

八ヶ岳牧場の向こうに権現岳と赤岳

10月12日 「希望の党」失速

 「希望の党」の勢いが今一つで、期待しただけに残念です。マスコミを中心に「排除」のネガティブ・キャンペーンが影響したようです。小池さんが出馬しないことも、一因でしょうが、これは都知事として仕方のないことです。次の機会を狙っていることは間違いないでしょう。

 小池さんについては、毀誉褒貶の激しい人ですが、現在の政治家で、これほどの個人力と魅力とアイデアを備えた人はいないのではないでしょうか。

 何時かのテレビ番組で、女流ジャーナリストの切れ者の櫻井よしこ氏が、小池百合子を頭から貶していましたが、女の戦いは凄まじいものだと感じました。

10月14日 秋のハイキング

山の中で見つけた岩の小屋

富士山を見る絶景ポイント

 一年ぶりに、家内の友人が関西から泊まりに来てくれたので、一緒に一年ぶりに八ヶ岳の三ツ頭に登ってきました。幸運にも天気が好転し、富士山を真正面に見ることができました。

10月23日 衆議院選挙 自公が圧勝

 総選挙は、自民党が単独過半数を大きく上回り、自公で3/2以上の議席を獲得する結果に終わりました。日本の安定のためには良かったものの、国内制度改革が遅れたり、不徹底になることは間違いないでしょう。

 今回は、改革に積極的な保守中道を支援したのですが、残念な結果になりました。この結果を踏まえて、「希望」と「維新」を中心に野党再編が行われ、実力のある政党が生まれる動きになることを期待したいものです。
 
 「立憲」の躍進は、小池批判の受け皿になった感じがします。小池知事も、今回の失敗を教訓に、次期総選挙で多数を取るための準備をじっくりと行えばよいと思います。

11月8日 可哀そうな国、韓国

 今回のトランプ大統領のアジア訪問で、韓国滞在が一泊二日であったことに拗ねたようです。大統領歓迎晩さん会で、アメリカ側の迷惑も顧みず、日本への当てこすりを演出しました。竹島のエビと元慰安婦が強要したトランプ大統領へのハグです。韓国では、「日本に一泡吹かした」とメディアが喜んだようですが、情けないことです。

 歴史的に、中国の属国であることに甘んじ、一時的に日本の支配下に置かれ、今は祖国が分断されて、同じ民族の同胞が国際社会から「ならず者」として非難され続けています。このような国が少し拗ねたとしても、大目に見てやることでしょう。

11月10日「自由で開かれたインド太平洋戦略」

 「自由で開かれたインド太平洋戦略」は、安倍首相が打ち出した外交戦略です。日本が大きなスケールで国際外交を主導することは、歴史的な特筆すべきことではないでしょうか。

 トランプ大統領も今回の安倍・トランプ首脳会談で、この構想を高く評価し、支持を表明しました。日米が主導するならば、「自由で開かれたインド太平洋戦略」は絵に描いた餅ではなく、実質と実効のあるものに展開していくことでしょう。

 「自由で開かれたインド太平洋戦略」は2016年8月、ケニアで開かれたアフリカ開発会議(TICAD)の基調演説で、安倍首相が初めて打ち出しました。太平洋からペルシャ湾に至るインド太平洋地域を「自由と法の支配、市場経済を重んじる場」とし、ルールに基づくインフラ整備や貿易・投資、海洋の安全保障協力を進めていくという外交戦略です。

 共産党の一党支配の下で、習近平独裁体制が敷かれた中国が推進する「一帯一路」構想に、真に対抗できる戦略だと思います。これから、東南アジアの諸国が、中国の顔色を窺いながら、この「自由で開かれたインド太平洋戦略」に乗っかってくるのかが注目されます。

 現代の「中華帝国」に対抗できるのは、経済力や軍事力ではなく、「法の支配」、「自由」、「民主主義」という共通の価値観に基ずくソフトパワーではないかと思います。

11月19日 熊野古道

出発点の滝尻王子

 念願であった熊野古道の中辺路を、滝尻から熊野本宮大社、小雲取越、大雲取越を経て熊野那智大社まで、4泊5日で歩いてきました。森林に覆われた熊野の美しい山道をひたすら歩きました。充実した山歩きでした。

羊歯に覆われた古道。

 驚いたことに、会う人たちは外国人ばかりでした。5日間で、日本人に会ったのはほんの2~3名で、宿でも外国人だけで、不思議なことに外国旅行をしているような気分になりました。最初に会ったのがドイツ人、最初の宿ではオーストラリア人、イギリス人、アイルランド人、二日目はスペイン人、三日目にアメリカ人とカナダ人、五日目にはネパール人とフランス人とオーストラリア人などでした。


湯の峰温泉のバス停で待つ外国人旅行者たち。

 
実は我々も、オーストラリア人の友人に誘われての熊野古道歩きでした。i-phoneのfacetimeで、日本に行くけれど熊野古道に一緒に行かないかとの突然の誘いでした。宿は確保してあるとのことでした。私たちも、以前から熊野古道には興味があったので、即座にyesと返事をしました。彼が予約してくれた宿に電話して、私たち夫婦を潜り込ませることができました。

 後で分かったことですが、これは大変にラッキーでした。熊野古道に日本人が少ない一因は、宿が取れないことにもあるようです。途中で泊まれる宿は極めて限られていて少なく、しかも10人程度しか泊まれないような小さな宿しかありません。外国人旅行者は数か月前から予約をするので、すぐに満室になってしまいます。途中で会った日本人は、宿が取れなかったので、全コースを歩くのを諦めて、途中からにしたと言っていました。
 
 世界遺産なった熊野古道は、外国人にとても人気のようです。皆とても美しいと感動していました。

延々と続く石の階段。歴史を感じる。

苔むした美しい石畳の道が、杉や檜の森林の中に続く。

那智大滝

12月2日 アンナ・ネトレプコのアイーダ

 先日のNHK BSプレミアム・シアターで放映されたザルツブルク音楽祭2017年の「アイーダ」を見ました。なんといても、アイーダ役のアンナ・ネトレプコが出色の出来でした。その歌唱力は他を圧する際立ったものでした。演技力も素晴らしいの一言です。

 とは言っても、アムネリス役のセメンチュクも、ラダメス役のメーリも素晴らしい出来で、その役どころに嵌まっていました。

 舞台演出も、簡素でいて古代エジプトの感じをよく出しており、厳粛さと威厳と宗教的な雰囲気が感じられました。凱旋の場面は、スペクタクルではなく、格調ある戦勝を祝う儀式となっていて、凱旋の音楽が重みをもって感じられました。こうした演出は実に独創的でいて、かつ納得のいくものでした。この場面が、娯楽的でなく、あの有名な音楽が軽々しくなくなる効果が生まれていました。出色の演出だと思います。

 CDでは、パッパーノ、ハルテロス、カウフマンの録音が気に入っていたのですが、ムーティとウィーンフィルによる今回の集中力のある演奏も素晴らしいものでした。映像と録音もとてもいいと思います。

 オペラの後に、「ネトレプコ IN 東京」と題する、サントリーホールでのネトレプコと夫のユシフ・エイヴァゾフのリサイタルも放映されました。ネトレプコの歌はオペラ同様に素晴らしいものでしたが、旦那さんの方は、声は素晴らしいのですが、今一つという印象でした。その結果、オテロの有名な二重唱も、愛の深みが感じられなかったのは残念でした。

12月13日 ロイヤルオペラのオテロ

ロイヤルオペラの映像から。第一幕終わりの、最高に美しい愛の二重唱の場面。

 アントニオ・パッパーノ指揮でヨナス・カウフマンがオテロを演じた英国ロイヤルオペラの「オテロ」は見ごたえがありました。パッパーノはいつものように素晴らしい音楽を作り出していました。

 何といっても、カウフマンのオテロが見どころであり聴きどころであることは、衆目の一致するところでしょう。期待に違わず、出色の演技と歌唱と演技でした。最初から最後まで見る人を引き付けて離さない力がありました。最後の死の場面は、鬼気迫るものを感じさせる迫真の演技でした。

 「オテロ」でいつも感じる違和感は、オテロがヤーゴの陰謀に易々と騙されてしまうことです。ムーア人としての嫉妬に駆られているとはいえ、デズデモナに正すこともなく、直情的にヤーゴの企みにはまってしまうことに、不自然さを感じてしまいます。「オテロ」では、この不自然さを感じさせないことが重要だと思います。

 カウフマンのオテロは、恋に純情なオテロを演じることで、この不自然さを解消し、説得力のある「オテロ」に仕上げていたように思います。凄みを感じさせるドミンゴのオテロよりも、純真さを感じさせるカウフマンのオテロは好感が持てました。

 パッパーノはいつも良い音楽を作り上げています。ザルツブルク音楽祭の「ドン・カルロ」や「アイーダ」のCD録音も素晴らしいものでしたが、今回の「オテロ」もまた極上の音楽を作り上げていました。

 BSプレミアム・シアターは、映像も音も優れていて、オペラに関しては、生で聴くよりもテレビの方が良いのではと思えるほどです。

12月18日 カズオ・イシグロの言葉

 12月16日の7時から、NHK BSでカズオ・イシグロの単独インタビューが放送されました。とても含蓄に富んだ、とても大切な問題が指摘されていて、とてつもなく有意義でした。一度聞いただけでは記憶に残らないので、録画したものを静止させながら、メモに残しました。

 文学の重要な役割は、人間の経験や感情に光を当て、さらに新たに発見された知識の使い方を考える道筋を示すことです。
 人間の感情や体験について、異なる文化や民族の間に、共通認識がなければできないことです。

 あらゆる作品には一貫したテーマが流れています。物語の中にある感情は一貫していることが多いのです。

 「人々は何を記憶してどう過去と向き合うか」

 
「人生を振り返り、自分が最も誇りを持っていたものや業績は、実は恥ずべきことだった」と気づいた個人について書きたい。
 
彼らが気づかなかったのは、自分の貢献や仕事がより広い世界でどう使われているのかという視点がなかったからです。

 「過去を忘れるべきか? それとも向き合うべきか?」

 
ひとつの物語は別の物語の発展なのです。私にとっての作品は、ものを書こうともがき、適した設定を探そうと考えてとり散らかした末の結果なのです。

 「忘れられた巨人」
 私は記憶と忘却という問題を国に当てはめてみました。国家は暗い記憶を忘れる方法をどのように決めるのか。国家は前進や結束のために、社会が分裂し内戦に陥るのを防ごうと、過去を忘れなければならないことがあります。世界中で絶えず内戦や暴力の連鎖が起きています。過去に起きたことを忘れられないからです。
 時には忘れることも必要です。それまでに起きた大きな恐怖や不正に対処せず、安定した民主主義社会を築けるでしょうか? 
 国は困難を経験した個人と同じ問題を抱えているようです。いつ忘れるべきなのか? そしていつ思い出すべきなのか? 私はずっとものテーマに心を奪われています。

 多くの人々は日本が第二次世界大戦の記憶を忘れていると非難します。二度の原爆投下のために、自分たちは被害者だと考える方が日本にとっては楽なのかもしれません。
 ところが日本と東南アジア諸国や中国との間で緊張を引き起こしています。しかしだからこそとても微妙な問題になっているのです。なぜなら日本は軍国主義のファシズム社会から、近代的で自由な民主主義国家に移行するのに成功した輝かしい手本だからです。
 いま世界はとても不確かです。ヨーロッパも不確かな時期にあります。そんな中、日本は安定しています。不確かな時代において、強固な民主主義国家であり続けています。これは第二次世界大戦後に多くの暗い記憶や日本の犯した残虐行為の記憶を脇に追いやらずになしえたでしょうか? 日本のような良い社会を築けるかどうかは、無理にでも物事を忘れることにかかっているのかもしれません。それが正義でなくてもです。
 この問題は世界中の多くの国に当てはまります。確かに日本は多くのことを忘れましたが、自由世界におけるすばらしい民主主義国家になりました。これは大きな成果だと思います。

 日本が戦争の加害者であったことを忘れているとの批判に対して
子どもの頃の記憶について悩んでいる友人へのアドバイスとして

 何らかの損害が自分の社会にもたらされたか?
 物事を忘れたことによって隣人との関係が損なわれているか?
 一部の問題に目が向けられていないために損害が生じたり、深刻な状況が生じているなら、次のことを問うべきかもしれません。
 私たちは今過去に目を向けられるほど強くなっているのか?
 過去がより遠ざかっているために、向き合いやすくなっているのか?
 他の多くの国はそうしてきたと思います。何世代も前に起きたことについて、公式の謝罪をしてきました。

12月19日 日本人の忘れっぽさは優れた資質

「国家が進歩するためには、過去の暗い記憶を忘れなくてはならない」

 カズオ・イシグロのインタビューを聞いて、特に印象に残った言葉です。今までの常識から、国家は過去の歴史の暗い記憶を忘れてはならないと思っていたからです。もちろん、全てを忘れてよいということではなく、時として忘れることも必要だということでしょう。

 考えてみれば、日本は自国の暗い記憶を忘れ、同時にアメリカへの恨みも憎しみも忘れました。この結果として、今の日本の成熟した民主主義国家があり、日米の成熟した親密な関係ができあがりました。

 中東の紛争は、過去の記憶を忘れることができないからでしょう。紀元前からの長い歴史が、宗教と結びついてしまっていますから、忘れることができません。過去が遠ざかっても、宗教が存在する限り、記憶は鮮明なまま残ります。

 日本は、過去の暗い記憶を忘れることができましたが、隣国は忘れてくれません。政治的なプロパガンダとして、利用しているからです。これは、隣国にとっても不幸なことです。過去にいつまでも囚われていたのでは、前進することができないでしょう。

 日本人はすぐに忘れてしまうと言われますが、この忘れっぽさは、日本人の特筆すべき優れた資質かもしれません。