私の近況2015

1月10日 遂にCDプレーヤーを更新


http://www.denon.jp/jp/dcdsx1/index.html

 義父から受け継いだ思いであるCDプレーヤー
(MERIDIAN500というCDトランスポートとASSEMBRAGEのDAC1.5)を、
DENONのCDC-SX1というSACD/CDプレーヤーに置き換えました。

 今までのCDプレーヤーも、なかなかいい音をしていたのですが、さすがに8年近くも聴いていると、飽きが来るというか、音を聴く喜びが薄れてきました。音の限界も感じ始めました。

 定年後に貯めてきた小遣いも増え、経済的にも現実味を帯びていたので、新年を迎えるに当たり、俄かに装置を更新することに決めました。

 心が決まれば即実行です。インターネットで各社の製品を調べ、評論家などのレビューを読み、愛好者の口コミなどを当たりました。本当は、実物を試聴すべきですが、田舎にいてはそれも難しく、またオーディオ店の自宅とは著しく異なる環境での試聴がどこまで意味を持つのか疑問です。そんなわけで、高額の買い物ですが、書類選考だけで決めることにしました。

 決定したのは、DENONのCDC-SX1という、当社の最高位機種です。定価は57万5千円。他社には100万円を超す製品がありますから、これでも値段的には中位機種となります。ただし音と値段は必ずしも一致しないのがこの世界です。

 対抗機種としては、アキュフェーズ、マランツ、エソテリック、ラックスなどがありました。特にアキュフェーズは魅力的でしたが、以下の理由からDENONに決めました。

(1)デジタル録音の先駆者である。
(2)日本で最初のCDプレーヤーを発売した会社の一つで、30年以上の技術蓄積がある。
(3)デジタル信号処理技術と、アナログ技術に関する技術力がある。この両方が完璧でないと、よいCDプレーヤーはできない。
(4)多くのオーディオ製品を手掛け、この分野での評価が高い。私も、かつてアナログプレーヤーや、MCカートリッジや、DAC内蔵プリメインアンプや、単身赴任先で聴くためのミニコンポなどを愛用しました。
(5)その31年間の集大成として、このCDC-SX1を開発した。この製品の評価はすこぶる良く、各オーディオ雑誌のグランプリを総なめした。

 アキュフェーズも素晴らしい製品ですが、やはりアンプの会社というか、デジタル信号処理技術に関しては、DENONに一日の長があるようです。

 実を言えば、最後の決め手となったのは販売価格です。お茶の水にあるオーディオユニオンに問い合わすと、25%引きの42万5千とのこと。
価格.comの最安値が45万7千円ですから、これよりも安値です。こういうこともあるものです。クレジットが使えるのも魅力的で、早速注文すると、その翌日には届きました。

 その重いこと。重さが25Kgもあり、やっとのことで二階に運び上げました。音を出すと、その一聴から音の素晴らしさを予感させるものでした。生の音を聴いたときに感じる、背筋がぞくぞくするような感動が感じられるようになりました。

 音が静か。音の微細な部分が美しく響く。弦の高い音は少しきついが刺激的でない。腰が据わり芯のあるしっかりした音がする。そしてなによりも、あのオーケストラのぞくぞくする響が随所で感じられる。今までの装置では、最初だけ、あるいはたまに聴こえるだけでした。信号処理の結果なのか、CDの音がとてもきれいにさわやかに響く。手持ちのCDを次から次に聴きたくなりました。

 不満がないわけではなく、デザインが保守的で凡庸で、海外製品のような斬新さがない。トレーからディスクを取り出す時、手に掛りにくいなどです。
 
 USB入力にも対応しているので、いずれはネットワーク・オーデオのハイレゾ音源も試そうと思っています。

1月26日 山田和樹/日フィルのマーラー

「花の章」を加えたハンブルク稿による演奏
 
 1月25日、家内の音楽仲間の奥様から招待券をいただき、甲府の県民ホール(コラニー文化ホール)で行われた新日フィルの公演に行ってきました。

 指揮は山田和樹、プログラムは武満徹のチェロとオーケストラのための「オリオンとプレアデス」、それとマーラーの「交響曲第1番」でした。

 山田和樹によるマーラー・ツィクルスの第一回が前日に澁谷のオーチャードホールで始まりしたが、それと同じプログラムが翌日に山梨で行われたものです。

 武満徹の音楽を生のオーケストラで聴くのは、1992年のサイトウキネン・フェスティバルで初演された、笙とオーケストラのための作品「セレモニアル」以来です。武満徹の音楽は、透明感のある独特の音の断片の連続で、古典的な意味でのメロディーやリズムを欠いた音楽と言えなくもありません。一度聴けばよいというのが、正直な感想です。

 今回の白眉は、めったに演奏されることのない「ハンブルク稿」を用いたことです。「ハンブルク稿」とは、1893年にマーラーがハンブルク市立劇場の楽長を勤めていた時に演奏した形式で、5楽章からなっています。現在の4楽章形式の1楽章と2楽章の間に、「花の章」という楽章が挿入されています。この時は、現在では使われない表題がついていました。

第1部『青春の日々より』花・果実/茨
第1楽章「終わりなき春」(序奏とアレグロ・コモド)
第2楽章「花の章」(アンダンテ・コン・モート)
第3楽章「満帆に風を受けて」(スケルツオ)

第2部『人間喜劇』
第4楽章「座礁」(カロ風の葬送行進曲)
第5楽章「地獄から」(アレグロ・フリオーソ

 現行版の4楽章スタイルに定着したのは、1896年のベルリン初演からで、この時に表題と、花の章」が省かれるようになりました。『巨人』という副題が付けられますが、その起源はこの「ハンブルク稿」にあるのかもしれません。

 「花の章」は美しい緩徐楽章で、後の第5番のアダージオを思わせるような楽章でした。でも、全体の構成を考えると、やはりこの楽章がない方が、収まりはいいように思えました。
 
 マーラーは熱演でした。ただ、ホールの響きが悪く、弦が聞こえてきません。始めはオケのせいかと思いましたが、それにしても酷すぎるため、ホールの響きの悪さが原因だとわかりました。せっかくの演奏でしたが、なにか食い足りない気分した。

 翌日、手持ちのCD,小澤征爾、ボストンを聴いてみました。音は生とは違い、透明感や柔らかさにはやや欠けますが、オーケストラの張り裂けるようなクライマックスの響きは、CDでも十分再現されています。演奏の細部がよく聴き取れる点では、CDの方が勝っているようです。

 山田和樹が小澤征爾の跡を引き継ぐようになるのか、これからが楽しみです。

 山梨は田舎だと思ったのか、公演の前に、山田和樹による音楽解説のトークがありました。演奏会では珍しいことです。山田の人柄が感じられて、よい印象を持ちました。

1月25日 朝日新聞の社説「いま辺野古で - 移設の状況にない」

 昨年の総選挙で自民党が大勝しましたが、沖縄では完敗でした。そのとき、今年は沖縄が大きな問題となだろうと、この近況でも述べました。

 しかし、世の中は経済一辺倒のようで、「沖縄」は忘れ去られているようです。「拉致」もまたその様です。ニュースでは、「イスラム国」による日本人誘拐が一日中報道されています。

 こんな中にあって、今朝の朝日新聞に「いま辺野古で - 移設の状況にない」と題する社説が掲載されました。朝日新聞には時として疑問を感じるときがありますが、この様なときに、「沖縄」を取り上げるとは、さすがに朝日新聞であると、その見識ぶりに感心しました。

1月18日 ハイレゾはよいが、CDも捨てたものではない

 CDプレーヤーが最新のものに新しくなり、CDの音が甦りました。本来はこんなにいい音が入っていたのかと、感激しています。なんとなく聞き飽きたと思ていたCDも、もう一度聴きたくなってきます。

 音が良くない場合は、音楽そのものを聴こうとするようになりますが、音が良くなると、生の演奏に接した時のときのように、音そのものに聞き惚れるような聴き方をするようになります。正にそのような音に近づいてきました。

 SACDなどのハイレゾ音源はなぜいい音がするのでしょうか。私の耳は年のせいもあり、10KHz以上は聞こえません。ですから、単に高い周波数まで録音されていることが理由ではないようです。

 画像で言うと、単に精細な画面になったというだけではなく、画像の物質の質感が実物のように感じられるようになるといった感じです。ハイレゾ音源には、この音の表情、風合い、肌触りといったようなものが、きちんと録音されているようです。1bit 2.8224MHzで量子化されたDSD(Direct Stream Digital)信号を、16bit 44.1KHzに落としてしまうことで失われる音楽情報は、ことのほか大きかったということです。それでも録音さえ良ければ、CDでもかなりの程度の音が入っているということが分かりました。


2月5日 立春が過ぎ、オーディオの虫が騒ぎだす

 しばらく鳴りを潜めていたオーディオの趣味が蠢き始めました。きっかけは、CDプレーヤを新調して、音が今までのと比べて激変した驚きからです。8年ぶりに、またアンプをいじくってみたくなったのです。

 新しいプレーヤDENON CDC-SX1には、バランス出力が備わっています。バランス回路は、外来ノイズや様々な同相ノイズに強い方式で、微細な信号を扱う測定器や通信機などでは馴染の回路ですが、オーディオでもハイエンド品などで使われるようになっています。私も、ゴトーユニットを購入した最初の回路は、バランス回路でした。

 しかし、最初のものは簡単な回路で、その後GIC回路を使ったチャンネル・デバイダーでは、回路規模が大きくなるため、バランス回路は断念して、通常のシングルエンドの回路に戻しました。このホームページに載っているのがその回路です。

 今回は、DCD-SX1のバランス出力を活かすために、現在のチャンネル・デバイダーとパワー・アンプを、バランス回路に変更しようと思います。

 パワー・アンプも、中音以上の帯域では、ピーク時でも0.25Wを越えないことが分かっているので、小型のパワートランジスターを、最新の超低歪オペアンプの出力に追加して、オペアンプの出力電流をスピーカが駆動できるようにブーストする、簡便な方式に変更しようと思います。

 そのようなわけで、回路規模は現行機の2倍になりますが、今回は一切の妥協を排し、今までのオーディオ人生の総決算ともいうべきものにしようと決意しました。現在、設計を終え、インターネットで部品集めをしています。秋葉原に赴かなくても、ネット上で調べられるので、とても便利です。田舎にいても不便を感じません。

 8年前と比べると、コンデンサーは相変わらず高いですが、抵抗や半導体は安くなりました。

 それにしても、オーディオ用と銘打ったも部品のなかには、やたらと高価なものがあります。理屈よりも感性が優先する世界なので、その様になるのでしょう。私は、あくまでも原理に忠実に行こうと思います。

 かつては、電気特性がよくても音が良いとは限らないということが、まことしやかに言われていました。私は、これはおかしいと思っていました。LPなどのソースや装置が不完全であったから、電気特性よりも好みの音が重視されていたのでしょう。現在は、ソースも装置も良くなり、電気特性の良さと音の良さはイコールになりつつあります。オーディオ技術は電子工学ですから、理論的に良いもの、即ち電気特性の良いものは音も良くなるということです。理論的に説明のつきかねる、一部の部品やケーブルへの偏愛は、横目で見ながら進んで行きたいと思います。

2月16日

 昨日からパワーアンプ部を作り始め、正常に動作を確認しました。方形波もリンギングなくきれいな波形で通り、安定しているようです。
 しばらくは、毎日の2時間、一万歩以上のウォーキングと、チャンネルデバイダーの製作が日課になります。

2月13日 バランス型チャンネルデバイダー内蔵パワーアンプの製作を開始

新しいページを新設しました。
バランス型チャンネルデバイダー内蔵パワーアンプ

2月19日 厄介な発振対策

 パワーアンプの動作をテスターで確認していたら、いきなり波形が出なくなりました。原因は、超高周波の発振でした。オペアンプが壊れています。
 一見安定しているようで、位相余裕のない回路はちょっとしたノイズで発信を起こします。
 オペアンプにトランジスターをつなぎ、ヴォルテッジ・フォロアーにすること自体が無謀なのか。最小限のゲインは必要なのか。これから発振対策です。これがうまく行かないと、当初の予定を変更しなければなりません。

 これからが胸突き八丁です。

2月21日 発振は解決

 オペアンプLME49860の高周波特性が55MHzと良いため、トランジスターの追加により位相余裕がなくなったのが原因でした。

 オペアンプを、これより少し利得帯域幅積が13MHzと低いNJM2114DDに取り換えてみました。まだ発振は残りますが、だいぶ軽減しました。さらに、出力端子にCRの直列を入れること、電圧ゲインを0dBから3dBに増やすことで、発振は完璧になくなりました。CRの追加は発振周波数での電圧ゲインを下げる効果があり、3dBのアンプ・ゲインは、いすれもゲインマージンを増やして発振の原因を取り除くことになります。いろいろ試したところ、R=30Ω、C=0.1uFがよいようでした。このCRの値は、最適値に2倍程度の幅はあるものの結構シビアーです。

 この間、オペアンプを二つ壊しました。一見安定しているようで、回路の一部分をテストしていると、いきなり発振を起こして、瞬時にオペアンプが壊れてしまいます。

 早速ヘッドホーンをつないで、音を聴いてみましたが、悪くはなさそうです。歯切れの良い、さわやかな音で、素性はよさそうです。一時はオペアンプ方式をあきらめかけましたが、またやる気が出てきました。

2月24日今までの基本回路よりいい音

 出来上がった一号機を、ヘッドフォーン聴いてみましたが、このホームページに載せている今までの基本回路によるものよりも音はいいようです。

 基本回路の音と、今回出来上がった試作機の音を比べると、基本回路のものはくすんだ渋い感じの音で、今回のものは明るく歯切れがよく、いわゆる抜けの良い音と言った感じで、繊細さも増しているようです。特に、中高音のレベルが一段上がった感じの輝きのある音がします。スピーカからはどんな音が出るのか、今から楽しみです。
 
 今年もアマリリスが咲きはじめました。茎が伸びずに地際から咲いたのは今回が初めてです。珍しい咲きかたです。


 明日からシリコンバレーにいる孫たちの子守に行ってきます。

3月11日 パロアルト滞在

 息子たちがパロアルトから引っ越すので、もう一度行ってきました。毎日、孫の世話をしてきました。孫がまだ寝ている早朝に、スタンフォードまで、ウォーキングやジョギングをするのが日課でした。

 帰ってから写真を整理しているとき、うっかり過去の写真を削除してしまいました。あわてて、ファイル復元ソフト、ファイナルデータ10を購入して、なんとか復元しましたが、一部の写真は失われてしまいました。HPの写真も消えてしまいましたが、こちらの方はサーバーからダウンロードできるので事なきをえました。とにかく、時差ボケのうっかりとはいえ、良い教訓になりました。

 ようやく庭から雪が消えたので、そろそろガーデニングが始まります。新しいアンプ作りと庭仕事、畑仕事で忙しくなりそうです。

パロアルトにあるスティーブ・ジョブズの住んでいた家。豪邸の並ぶ高級住宅街の一角にある、カントリー風の家。ジョブズらしいとても趣味の良い家。アップルの木の下に白い水仙が植えてあるだけのシンプルな庭が印象的だった。水仙が咲いていた。


スティーブ・ジョブズの家。気の柵にはバラが絡ませてある。

3月22日 パロアルトの幼稚園  

  生徒一人一人の箱に、その日持ち帰って家で読む絵本が置かれている。絵本は、毎日違った新しい本に替えられる。

小学校に併設された幼稚園の園庭。

 孫が通うパロアルトの幼稚園を見る機会がありました。

 幼稚園は小学校に併設されていて、住む地区によって通う学校が決められています。パロアルトは生活水準の極めて高い所ですが、幼稚園や小学校などは公立で、授業料は無料です。それにも拘わらず、教育環境の豊かさに衝撃を受けました。
 
 美しい校舎、遊び場の環境、先生が優秀で、情操教育が主体の教育内容もそうですが、学用品がまるで文房具店のように豊富に揃えられていて、必要なものは使い放題です。

 本も豊富で、図書館の他に、幼稚園の各クラスには絵本が揃えられています。毎日、先生は生徒の読む能力に合わせて絵本を選択し、持たせて帰らせます。1回、必ず親に読んで聞かせなさいという宿題です。先生は、毎日生徒の能力に合わせて本を選択します。  
 
 これらの文房具や本は、市の予算ではなく、すべて寄付によっているとのことです。PTA主催のオークション・パーティという催しがあり、様々な企画がオークションにかけられて、その収益は100%学校に行きます。寄付と言ってもせいぜい数千円程度のことかと思ったら、なんと下は数千円ですが、上は百万円単位になるとのことです。

 この地区には、高額所得者が多いということもありますが、寄付すると会社の方で寄付した金額だけ年収から差し引いて、所得税が減額する仕組みになっています。

 考えてみれば、日本で同等の内容の教育を受けさせようとしたら、有名私立学校に入れることになりますが、授業料は年に百万円以上なるでしょう。授業料が無料の公立学校ならば、百万円の寄付は驚くにはあたらないわけです。

 羨ましいほどの豊かな教育環境は、寄付によって成り立っているわけです。ですから、裕福なな地区の学校ほど、設備が充実し、教育内容も充実して行きます。ここに、格差社会のアメリカを見る思いがしました。

4月1日 パロアルトの町並み

  白いビルは市庁舎。町のいたる所にレッドウッドの大木が残っている。

ごく普通の家の通りに面した前庭。

 
シリコンバレーを代表する町の一つがパロアルトです。

 片側二車線の幅の広い道路が、碁盤の目のように行く筋も走り、道路の両側には街路樹が植えられ、歩道が完備しています。その歩道から数メートル離れて家が建ち、家と歩道の間には草花や低木が植えられて、美しい庭になっています。どの庭も手入れが行き届いています。

 家の周囲には大木が生い茂り、町全体がまるで森のようです。日本で言えば、軽井沢の別荘地のような雰囲気です。

 家は、豪邸と言うほどではないけれど、夫々が個性的で、趣味の良い外観をしています。

 このように恵まれた住環境は、日本では望むべくもありません。恐らく、広大な何もない平らな土地に、計画的に作られ、町の外観を美しく保つための努力が払われ、そこに住む住民の意識の高さが加わって、このような街並みが出来上がったのでしょう。

 これが一般のアメリカだと思ってはいけない、ここはアメリカでも特別な所だということです。


 レモンが生り、桜の花が咲いている。日本の桜とは種類が違う。

4月8日 バランス型チャンネルデバイダー内蔵パワーアンプの基板が完成

 少しづづ作り続けてきた基板がようやく完成しました。2.5mmピッチの万能プリント基板への部品の半田付け配線は細かい作業で、目がしょぼしょぼに疲れました。

 無鉛半田になってから、以前の鉛半田に比べて乗りが悪くなり、何箇所か半田不良をおこし、原因不明の動作不良に苦しみました。また、これも原因不明のオペアンプ不良に見舞われ、2個も交換する破目になりました。何れもGIC回路のオペアンプです。未だに原因不明で気持ちが悪いのですが、とにかく完成しました。

 いよいよこれからケースに取り付け、基板間の配線をすれば完了です。

4月18日 ぬか喜び

 低音のレベルをオシロで調べていて、例の2MHz近辺の発振が現れていることを見つけました。そういえば、時として刺激的な音がして、なんとなくおかしいとは思っていました。

 原因は、スピーカをつないだときの容量負荷の増大が原因のようです。一応対策はしていたのですが、それでは不十分だったようです。スピーカ端子に抵抗とコンデンサーを直列につないだものを挿入するお決まりのやり方で、発振は抑え込むことが出来ました。

 念のために、スピーカをつないだ状態で、さらに0.01μFのコンデンサーを繋いでみましたが、5Ωから10Ωに0.01μFから0.047μFを直列につなぐことで、発振は皆無になりました。

 しかし、回路のグランドをケースに接続するときに現れた発振が、スピーカをつないだ状態で、さらに0.01μFのコンデンサーをつなぐと、特定のチャンネル、特に高音に表れることがわかりました。グランドをケースに接続しないようにすれば、発振は止りますが、この原因が分かりません。原因が分かるまでは、グランドをケースから浮かして使うことにします。これでノイズを受けるとかの実害は全くないようです。

4月22日 新事実

 部品を調達し、全てのスピーカ端子に、5Ωと0.47μFを直列につなぎ、容量負荷による不安定性を解消しました。

 これで万事解決と思いきや、低音用アンプをつないだ状態で、以前の発振波形が観測されます。このアンプは基本的に問題があるのかと、一時は失望感に襲われましたが、冷静に考えてみると、問題は低音用アンプにあるようです。

 そこで、低音用アンプへ行くケーブルを外してみました。見事に発振は消えます。このケーブルの容量が、オペアンプを発振させていたようです。オペアンプは、容量負荷にはある程度対応できるようになっているため、簡単に発振することはありません。このケーブルは特別に容量が多いようです。実はこのケーブルは、義父が使っていたものでした。

 早速ケーブルを取り換えると、全てが解決しました。

 ようやく完成したようです。それにしても、発振した状態でもよくいい音がしていたものだと思います。1MHz以上の微小発振だったので、聴感には殆ど影響しなかったのでしょう。

4月29日 デッキの張り替え 

  水仙に続きチューリップが咲きはじめました

 アンプも出来上がり、昼は畑と庭、夜は音楽を聴く日課が始まりました。これに加えて、23年経って傷みが激しいデッキの張り替えを、日曜大工で始めました。

 最初は全部を大工さんにお願いするつもりでしたが、見積もりを取ると、80万円くらいかかるとのことで、自分で出来るところは自分ですることにしました。土台となる束や、根太の一部分を手伝ってもらい、解体とデッキの板張りや塗装は自分ですることにしました。

 早速インターネットの通販で、プロ用のインパクトドライバーを注文しました。DIY用のドライバードリルは持っているのですが、こんなものでは役に立たないということで、大分値が張りますが、大工さんの使う数万円するプロ用を買うことにしました。

 自分で張り替えることで、十万円単位での節約になりますので、このくらいの投資は仕方ありません。恐らく五月いっぱいはかかりそうです。

5月6日 EMIの音

  デッキの板を剥しているところ。木ネジが錆びていて作業が捗りません。

リンゴの花が咲きはじめました。

 今日で連休が終わりとのことですが、連休とは無縁の生活になって8年が経ちます。春の遅い信州の高原では、連休の時期はようやく芽吹きが始まるのが普通でしたが、今年は新緑になるのが早いようです。

 デッキの解体に夢中になっているうちに、家の周囲はすっかり緑に包まれました。まだ朝方は霜が降りるくらいに冷え込みますが、日中は暖かくなり、一年でも最も気持ちの良い時を迎えます。

 昼はデッキの解体を進め、夕方からはCDを聴いたりして過ごします。先日、CDプレーヤとアンプが新しくなってから聴いた、アルバンベルク四重奏団のモーツァルトのハイドンセットの音が、今までと随分違っているのに驚きました。古い装置では、中高音域がきつく、EMIレーベルは音が良くないという印象を持っていました。せっかくの名演奏なのですが、録音が悪く残念に思っていました。

 ところが、装置が新しくなり、以前よりも高音域が空に抜けるような感じで伸びやかに出るようになると、アルバンベルクのEMIの音が悪くはないのです。これには驚きました。

 CDの音はミクシングによって演奏者やCDの製作者の意図が反映されますが、この音が、自分の装置の音とうまく一致するとは限りません。この様なことは、過去にも幾度か経験していますが、今回も改めてそのことを実感しました。

5月14日 40年経って初めてベートベンの弦楽四重奏曲のよさを知る

  デッキがすっかり取り払われ、束と土台だけが残された状態

 ベートーベンの弦楽四重奏曲を聴き始めたころは、スメタナ四重奏団の演奏が最高と言われていました。今もそうなのか分かりませんが、私にどうも「音楽」というよりは「音学」といった感じで、なにか教室で高名な先生の講義を拝聴しているような堅苦しさがありました。完璧な演奏なのかもしれませんが、生き生きした音楽の生命が感じ取れませんでした。

 ベートベンは凄いと思いながら、音楽としてはどこか馴染めないものを感じ続けていたように思います。四十年間もこの痼疾のような思い込みを消し去ってくれる演奏にようやく巡りあうことが出来ました。

 最初のチャンスは、EMIからアルバンベルク四重奏団ん後期四重奏曲集のCDが発売されたときです。早速購入して聴いてみました。この新しい演奏は、スメタナ四重奏団の「音学」が「音楽」に変わっていることを感じ、いい演奏だなとおもいましたが、なにせEDIの録音が悪く、バイオリンの音が刺激的でどうにもなりません。そんなわけで、この不幸なCDアルバムは聴くこともなく棚で埃を被る運命になってしまいました。

 そして最近、ベートーベンをもう一度聴き直そうと思い、口コミの評価が高かったゲヴァントハウス四重奏団のCDを買いました。これがとても良い演奏で、ベートーベンの四重奏曲は凄いだけでなく楽しく美しいものであるということを知りました。しかも嬉しいことに録音がとても良いのです。第一ヴァイオリンの音も刺激的でなく、各楽器の音が明瞭に録音されています。スメタナ四重奏団の完璧だけれどもつまらない音楽ではなく、生き生きとした生命感のある演奏です。

 このCDはNCA(New Classical Advebture)というドイツのレーベルです。このようなマイナーなレーベルは、得てして良い録音のものが多いように思います。製作者のこだわりを感じます。

 そこで今度はEMIのアルバンベルクを聴き直してみました。装置を一新して、EMIの録音が以前よりも良い状態で聴けるようになったからです。そして改めて、アルバンベルクのベートーベンの良さを実感しました。しかし、ヴァイオリンの刺激的な聴きにくい音は相変わらずです。

 そんなわけで、最近は上記の二つの四重奏団のベートーベンを聴いています。後期の四重奏曲は、ハイドンやモーツァルトのソナタ形式を中心に据えた古典様式から解放された、自由自在な構成となっています。様式的には、バッハの組曲やパルティータの流れを汲んでいるように感じます。

デッキの廃材で作った堆肥置き場

家の前にある別荘に咲く上溝桜(ウワミズザクラ)

5月26日 今年の庭のテーマは断捨離

  いろんな花が一斉に咲きはじめました

 今年は例年より暖かい日が続いたため、昨年よりも10日早くバラが咲きはじめました。いつもは梅雨に入ってから咲くため、雨に打たれてせっかくの花が台無しになったりしましたが、今年は美しく咲いてくれそうです。

 他の花々も早く咲きはじめ、庭中が初夏の花で賑わっています。

 5月23日には、甲斐小泉の三分一湧水で開かれる八ヶ岳ファーマーズ・マーケットに行ってきました。昨年は、両手に持ちきれないほどの花苗を購入しましたが、今年はキッチン・ハーブを二株(料理用オレガノと料理に使う香の良いローズマリー)を買っただけでした。

 これというのも、今年は植物を整理して、感激を感じない植物はお思い切って処分することに決めたからです。今までは、あれも欲しいこれも欲しいと、庭にない花苗を植えこんでいましたが、それを止めようと思っています。我が家の環境に合った、気に入った植物に厳選して、すっきりとした庭にしようと思います。

 そう決断させたのは、パロ・アルトの街並みを見て、植物の種類を抑えた庭の良さを実感したからです。またスティーブ・ジョブズが住んでいた家の庭を見たのがきっかけでした。リンゴの木と白い水仙だけの庭を見て、そのシンプルな美しさに衝撃を受けました。もちろん、こんな庭は作れませんが、その精神は大切にしたいと思います。

6月3日 庭には寛げる空間が必要

  庭を潰して作った空間

 水でパターンを描いて敷石のデザインを考える

 植物好きの人間は、あれもこれもと花や木を植えて、庭中が植物で一杯になってしまします。それでも、園芸店に行くと、植える場所もないのに、つい苗を買い込んでしまいます。

 というわけで、我が家の決して十分広いとは言えない庭は、花や木で覆われてしまいました。植物好きの人間にとっては、それはそれで満足なのですが、庭を見る立場の人にとっては息が詰まるようです。

  家内の発案で、以前から私も感じてはいたことですが、庭の奥の充分手入れの行き届かない一角を思い切って潰し、椅子を置いたりできる寛げる空間を作ることに意を決しました。

 今まで植わっていた大量の宿根草などを堀り上げ、園芸仲間に分けてあげました。庭を始めたばかりの人にとっては、貴重な植物だったようで、大変喜ばれました。買えば千円以上もする大株です。

 ちょっとした広場が出来ると、庭の表情が一変しました。この空間が、我が家で最も快適な場所になったのです。今まで花が植わっていたので立ち入ることが出来なかったこの場所からの庭の眺めが、とても素晴らしいことを発見しました。

 そんなわけで、まだ未完成で土が露出していますが、椅子を置いて初夏の夕方をここでコーヒーを飲みながら過ごしています。



ようやく根太を張り終えたデッキ。すべての木に防腐剤を塗る。

6月9日 デッキと庭

 デッキの板張りがようやく完成しました。

 長さ4m、幅15cm、厚さ4cmの板は結構な重さです。全部で43枚の板を、運んだり動かしたり切ったりするのは重労働でした。思った以上に骨が折れたのは、一定のスペースを空けながら、平行度を保ってきちんと板を張ることでした。大工さんに教えてもらって、実物大の長さ2.7mの定規を作り、これを当てながら位置決めをしていきました。本職でも、これをしないときれいな仕上がりにはならないそうです。

 500個以上の木ネジで留める作業も、ドリルで下穴を穿き、インパクトドライバーで絞めるのは大変な作業でした。大工の使う本職用のドリルでないとだめだと言われ、4万円もするインパクトドライバーを購入しましたが、これが功を奏しました。DIY用の安物ドライバーでは、75mmの木ネジをねじ込むのは無理だったでしょう。

 電動丸鋸も大工用の物に買い替えました。今まで使っていたDIY用の安物とは、切れ味と使い勝手がまるで違います。

 今回の作業を通じて、道具の重要さを再認識しました。少し高価ですが、本職用の大工道具でなければ駄目なことを実感しました。

 庭は今はまさに百花繚乱といった感がします。今年は例年になくバラやその他の花々がよく咲きました。天候と手入れと年数による植物の成長などが合わさった結果だと思います。

 新たに作った庭の空間ですが、地元の鉄平石の敷石と、白州の花崗岩の砂利を敷くことにしました。

ジキタリス、ゲラニュウム、バラなど。後方のバラはバフビューティー、コーネリア、スーベニール・ドクター・ジャメインなど。

6月18日 百花繚乱

 今年は我が家の庭は例年になく花が見事に咲きました。一株一株が充実してきたのと、この数年で、宿根草とこぼれ種で増えた株がうまく調和して育ち、いかにも自然の花畑のような感じが出てきました。

 植物は、ある程度自然に任せてやると、適所適材で存続し、お互いの共存の法則が働くようです。こぼれ種で出て来て成長した株は、できるだけそのままにしてきたのが良い結果を招いたようです。

 ようやく梅雨らしくなり、昨日からの雨で花が傾いてしまいました。こうなる前にと、友人や知り合いに声をかけ、庭を見に来てもらいました。十人ほどの人が来ましたが、褒めてもらうと励みになります。近くにある、グリーン・コッテッジ・ガーデンのオーナーの方にも、大変美しいと褒めていただきました。

 デッキも一階の部分は完成し、二階のベランダを残すだけとなりました。晴れれば二日で完成します。ベランダが完成したら、いよいよ庭の敷石工事に取りかかる予定です。

庭の中ほどのコーナー部分

玄関アプローチから

6月26日 チェビリダッケのブルックナー

 オーディオのほうは、CDプレーヤに続いて、チャンネル・デバイダーとパワーアンプを完全バランス回路に改め、音が改善したのを契機に、SACDを買うことが多くなりました。丁度CDが出始めた頃のようにまだ少し高価ですが、音の良さに引かれます。

 SACD版を検索していたら、チェビリダッケ/ミュンヒェン・フィルの東京公演で、ブルックナーのサントリーホールでのライブ録音が評判のようです。早速、5番と8番を購入し、聴いてみました。

 いずれも90分から100分近くの大作ですが、チェビリダッケのゆったりした指揮が、一層その長さを更に長くしています。しかし、演奏がダレルことはなく、それどころか、曲が進むほど集中力は増し、クライマックスへと向かっています。そのエネルギーと緊張感は凄まじいばかりです。並外れたオーケストラの体力を感じさせます。

 ブルックナーが、なぜこんなに長い曲を作ったのか、この演奏を聴くと分かるような気がします。長大な作品そのものが、ブルックナーの世界なのでしょう。

 最初はよく分からないままに、夫々の曲を四回づつ聴きました。100分近い曲を、飽きさせることなく、八回も聴かせるだけの、曲の魅力と、演奏の質の高さがあります。

 さらに、これらのディスクの魅力は、録音の良さです。いずれもサントリーホールでのライブ録音ですが、これだけの音の良いライブ録音は稀です。ホールの音が録音では再現できないということで、録音を極度に嫌ったチェビリダッケは、5番の録音を許さなかったようですが、FM東京がこっそりと録音しました。この録音は公開されることなく、そのままお蔵入りになる運命にあったようです。しかし、チェビリダッケの死後、この素晴らしい演奏と録音が、幸いにも日の目を見ることになりました。この録音は、チェビリダッケの危惧を少しは緩和させるだけの内容のあるSACDに仕上がっていると思います。

P.S.
6月22日付けの日経電子版に「日韓関係改善へ努力、世界遺産、両国登録で協力」とありました。隣国との関係が改善の方向に進みだすと、やはりいい気持がします。外交関係は、双方の歩み寄りと譲歩があって初めて改善することを、改めて感じました。一方的なナショナリズムや、歴史認識の押し付けでは、対立が増すだけで、やはり気持ちのよいものではありません。

7月5日 七五三の敷石

 日本庭園の石組みの手法の一つに、七五三石組みというのがあります。飛び石には、七五三打ちという並べ方があります。中国では古来より奇数が尊ばれ、とりわけ七五三の数字は永遠を象徴する数として尊重されてきました。日本の、七五三を祝う習慣もここから来ています。このめでたい数を庭に取り入れたのが、七五三石組みや七五三打ちの手法です。

 七五三石組みで最も有名なのは、竜安寺でしょう。形や質感などの共通した石を、大小取り混ぜて、五、二、三、二、三のグループに十五個の石が配列されています。これらが、七(五+二)、五(三+二)、三の大きな塊となっています。

 竜安寺の石の配列は、庭師の芸術的直観だけで出来上がったものではなく、計算し尽くされた数学的な美しさがその根底にあります。竜安寺でじっと庭を眺めていて、この事実を知った時は、少し興奮したのを覚えています。

 というわけで、我が家の庭に鉄平石を敷く時に、何となくデザインを考えながらも、一つのよりどころとして石の数を十五個にしました。このうち、鉄平石は十三枚、二枚は石置き場で見つけた青色の平石です。

 鉄平石は、地元の諏訪鉄平石で、霧ヶ峰に行く途中に藤森鉄平石の石切り場があります。先日ここに出かけて行き、大、中、小の敷石を買ってきました。後部座席を倒したプリウスに乗せると、車は大きく沈み、大丈夫かなと少し不安になりました。石切り場の人が、重い石を一人で車に積んでくれながら、帰りの車は保証しないよと冗談を飛ばしていました。石を持ち上げる力と、石を敷く庭までの運搬手段があれば、もっと大きな石を選べるのですが、一人で作業するとなるとこの大きさが限界でした。

 敷石の周囲には、これも地元の甲斐駒ケ岳の麓の白州で採れる、「白び利」という花崗岩の細かな砂利を敷き詰めることにしました。この「白び利」を3トンほど購入し、敷石の周囲だけでなく、庭の通路や玄関アプローチに敷き詰めました。
 これらの工事に合わせて、今まで木の板で通路と花壇を区切っていましたが、これを河原の石で囲むことにしました。石は、近くの釜無渓谷(富士川の源流)から拾ってきました。

 地産地消が庭作りの根底にもあるべきだと思っています。

7月10日から7月21日まで、孫たちに会いにKansasへ行ってきます。

7月25日 Kansasで感じたこと

 息子一家がカルフォルニアからカンザスへ移り住んだので、遊びに行っ来ました。カンザス市の南に隣接するオーバーランドパーク市とミズーリ州の間に位置する、リーウッド市(reawood)
という所です。

 カンザスというと、『オズの魔法使い』や『大草原の小さな家』で知られるように、アメリカの田舎のイメージが強いのですが、これらの都市は、全米の「住みたい都市」の十傑に選ばれ、また「子供を育てるための最良の場所」の一つにも選ばれています。

 理由は、広い家が比較的安く手に入り、町の環境がよく、学校のレベルが高いということのようです。SprintやHallmarkなどの本社があり、雇用環境にも恵まれています。

 行ってみて、このことがよく分かりました。とにかく、住環境に恵まれています。市全体が芝生で覆われ、美しく植栽が施され、まるで公園のようです。その公園のような広々とした空間に、大きく立派な家々が点在しています。池と噴水が多いのも特徴の一つで、息子一家のある1区画にも、三つの池と噴水がありました。

 デンバー経由で行きましたが、ボンバルディアのプロペラ機で約2時間、平原に広がる農地の上を飛び続けます。帰りは、シカゴ経由でしたが、カンザスからシカゴまでも農地が続き、山は一つもありません。つまり、デンバーからシカゴまで平原が続き、その真ん中に、カンザス州があることになります。

 カンザス州の面積は、日本の約60%ですが、日本の平地は30%程度ですから、カンザスの平地の面積は日本の約2倍になります。人口は285万人ほどですから、日本の人口の2,2%でしかありません。

 土地が有り余るほどありますから、全てが日本のスケールと比べると桁違いです。町の郊外に行くと、芝生で覆われた土地が売りに出されていますが、広さは10エーカ(4ha)と書かれていました。

 とにかく、色んなことが日本と比べて桁違いです。
・山が一つもない。
・家の分譲の単位が日本では10坪とすると、カンザスは100坪。
・日本の住宅はてんでバラバラで統一感はまるでなく、デザイン性はほとんど考慮されていない。一方、カンザスは街並みが統一され、見事なまでに美しい。
・町全体が芝生で覆われており、しかも手入れが行き届き、雑草が目立つような所は皆無である。こんなことは、日本では想像すらできない。
・裏を返せば、日本はごちゃごちゃしているが、住み心地は悪くない。カンザスは、環境と家は立派であるが、画一的で変化がない。
・日本は自然と歴史により形成された美。カンザスは統一された人工的な美。
・日本は歩いて暮らすことを前提に街づくりがなされていて、車との共存がなんとか図られている。カンザスは、車の生活を前提に街と家が出来ている。
・それにも拘わらず、日本の道路では、道幅が狭いこともあるが、歩道が整備されていない。広い道でも、歩行者が少ない所では、歩道が整っていない。一方、カンザスは歩行者がめったにいない道でも、街路樹と歩道がゆったりとした幅で造られている。
・カンザスの住宅の質は、デザインと広さで日本の十倍くらいの差がある。日本の一億円の家でも、カンザスのアパートの建物を比較すれば、少なくとも外観では負けている。

 車社会を実感したのは、カウフマン・スタジアムでロイヤルズ戦を観戦した時です。3万人近くの人が一斉に車で帰るのですが、目立った渋滞もないことです。いかに道路が整備されているかということです。

 アメリカでは圧倒されていましたが、日本に帰ってきて田園風景を見ると、こちらの方が美しいなと思います。日本の家は貧弱ですが、自然に囲まれた風景美では負けていません。

8月1日 食料危機に第二の玉音放送

 終戦玉音放送の原板が宮内省から公開されることになりました。現在使われているダビング版は、音声が不明瞭で聞き取りにくかったが、これからは鮮明な音声で聞くことができます。

 これと併せて、1946年5月24日の、戦後の食糧危機における第二の玉音放送も公開されました。

 全文を掲げると

 「祖国再建の第一歩は、国民生活とりわけ食生活の安定にある。戦争の前後を通じて、地方農民は、あらゆる生産の障害とたゝかひ、困苦に堪へ、食糧の増産と供出につとめ、その努力はまことにめざましいものであつたが、それにもかゝはらず、主として都市における食糧事情は、いまだ例を見ないほど窮迫し、その状況はふかく心をいたましめるものがある。
 
 これに対して、政府として、直ちに適切な施策を行ふべきことは言ふまでもないのであるが、全国民においても、乏しきをわかち苦しみを共にするの覚悟をあらたにし、同胞たがひに助けあつて、この窮況をきりぬけなければならない。
 
 戦争による諸種の痛手の恢復しない国民にこれを求めるのは、まことに忍びないところであるが、これをきりぬけなければ、終戦以来全国民のつゞけて来た一切の経営はむなしくなり、平和な文化国家を再建して、世界の進運に寄与したいといふ、我が国民の厳粛かつ神聖な念願の達成も、これを望むことができない。
 
 この際にあたつて、国民が家族国家のうるはしい伝統に生き、区々の利害をこえて現在の難局にうちかち、祖国再建の道をふみ進むことを切望し、かつ、これを期待する。」

 この玉音放送を聞くと、国家の危機に際しての天皇陛下の存在の大きさを実感する。国民を一致団結させる神秘的な力をもっていることがよく分かります。この天皇陛下の役割は現在も変わっていないように思います。恐らく、総理大臣がいくら国民に訴えたとしても、国民が納得して一致団結することは出来ないであろう。

8月10日 自然に異変が?庭の昆虫が激減

 今年の夏は庭にやってくる昆虫が、例年に比べて極端に少ないように思います。

 この時期には、夏の花に群がる蝶々をほとんど見かけません。何か変です。淋しい限りです。

 セミの鳴き声も少ないようです。

 例年、テーブルや椅子の下など、色んな所に作られていたハチの巣が、ほとんど見られません。

 いつもバラにたかってやっかいな、コガネムシ、青虫、カメムシなどが少なく、お蔭でバラの花が美しく咲いてくれます。

 自然のサイクルで、こういう年もあるのかもしれませんが、もしも地球温暖化や農薬などの影響で、昆虫が激減しているとしたら、ゆゆしい事態です。来年は、また昆虫たちが戻ってくれるのを待ちましょう。

8月14日 欧米人ジャーナリストの誤謬と偏見

 これはその一例です。

 Nathan Gardels 氏(Editor-in-chief, THEWORLDPOST)の
『安倍首相が謝罪のジェスチャーをすれば、日本はアジアの一員に復帰できる【戦後70年】』と題する 2015年08月13日付けHaffpostの記事の冒頭からの抜粋です。

 「日本は戦後、近代化と繁栄への道を切り拓いてきたアジアで最初の国だ。しかし、世界経済では上位に入る、その優れた産業の技術と影響力の割には、未だにアメリカの保護国にとどまり、政治的には弱い国だ。連合国に降伏して70年が経った今、日本は再アジア化を始め、完全な主権国家として真価を発揮する時が来ている。

 現在のアジアはもちろん、20世紀の初期と中期に大日本帝国が近隣の弱小国家を侵略し、植民地化を通じて支配していた時とは違う。これはかつてなかったことだが、中国と日本は同時に、2つの大きな国家として存在している。

 日本が将来、この新しい近隣諸国との関係に「普通の国家」として再び仲間入りするためには、まず過去との折り合いをつけなければならない。安倍晋三首相がアメリカから押し付けられた平和憲法の改正を目指すなか、何が挑発的な行為に見えるかと言えば、主権国家として普通に軍事力を派遣できるという控えめな利益のためではなく、日本が公式に反省を表明したがらないことが、韓国のような民主国家も含め、近隣諸国を納得させるものには至っていないという事実によるものだ。」

 
先ず第一に、「20世紀の初期と中期に大日本帝国が近隣の弱小国家を侵略し、植民地化を通じて支配していた」と言う前に、欧米列強が弱小国家を侵略し、植民地化を通じて支配していたと言うべきでしょう。日本は、弱小の中国や朝鮮を当てにすることが出来ずに、単独で欧米列強の植民地主義と対峙しなければならなかったのです。日本は欧米のように、自国の富のために侵略による植民地政策を推し進めたのではなくて、欧米列強から国土を守るためにアジア諸国に活路を見出すしかなかったということではないでしょうか。

 第二に、「日本が公式に反省を表明したがらないことが、韓国のような民主国家も含め、近隣諸国を納得させるものには至っていない」とありますが、これは中国や韓国の言い分をただ引用しているだけです。中国や韓国は歴史認識と称して、自国に都合の良い歴史を捏造し、これを自国民に教育し、日本叩きを繰り返しています。中国は共産党政権の維持のために、韓国は痼疾ともいえる民族主義からです。

 それに、日本はもう十分すぎるくらい、「反省」と「お詫び」をしていると思います。欧米列強が、過去の植民地支配に対して謝罪したことが一度でもあったでしょうか。

8月15日 戦後70年安倍談話

 注目されていた戦後70年談話が発表されました。一読して、バランスのとれた良い談話ではなかったかと思います。各国への配慮がにじみ出ていたように思います。大東亜戦争に対するの今までの「自虐的な史観」や「戦勝国史観」からの脱却が、最小限の慎ましやかな形でなされていたようにも感じます。

 はたして、中国や韓国がどのような論評をしてくるかが注目されます。両国とも、一応四つのキーワードが入っていたことで、反日的な対応は弱まっていくのではないかと期待されます。

 戦後70年談話に対する、各新聞社の反応が見ものでした。各紙の政治的立場を鮮明にして、大変興味深いものがあります。

 日経新聞と読売新聞は、中立的で妥当な論評だったと思います。「70年談話を踏まえ何をするかだ」(日経)、「戦後70年談話 歴史の教訓胸に未来を拓こう」(読売)と、いずれも70年談話を好意的に受け止めており、未来志向の前向きな論評でした。

 これに対して毎日新聞は、「戦後70年談話 歴史の修正から決別を」と、何を言いたいのかよく分からないような内容でした。そもそも「歴史の修正」とは何のことでしょう。歴史とは作られるものであり、また修正されていくものです。戦勝国側の作った歴史が絶対ではなく、ましてや中国や韓国の歴史観が正しいわけではありません。

 朝日新聞に至っては、 「戦後70年の安倍談話 何のために出したのか」と、相変わらず中国と韓国の立場を代弁しているかのようです。未だに、誠実に謝れと言っています。どこの国の新聞社かと疑いました。朝日新聞が文化人や一部インテリ層の支持を得ている限り、中国や韓国は我が意を得たりと、反日を続けてくるのではないかと危惧します。この両国は政権基盤を強くするために、日本を永久に土下座させ続けたいのですから。

 
元村山総理は、自身の出した「村山談話」が、換骨奪胎されて骨抜きにされたようで、憤懣やる方ないようでした。談話の核心部分である

 「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。」
 
が薄められたのが気に入らないのでしょう。

 この談話は中身が曖昧で、あたかも全面的に過去の過ちを認めたような表現になっていて、かえって中国や韓国に付け入る隙を与えたようにも思います。今回の安倍談話で軌道修正されたのは良かったのではないかと考えます。

8月18日 追伸

 読売新聞の世論調査によれば、安倍談話を評価するが48%、評価しないが34%でした。
 
 この34%の中には、内容が弱すぎると不満を感じる保守層も含まれているでしょうから、70年談話に批判的な朝日新聞や毎日新聞は、国民の1/3以下の少数意見を反映していると言えます。

 朝日新聞は「安倍談話、各紙の社説割れる テレビ局は会見を中継」と題する記事を載せていました。読者にとっては、多様な意見があることを知る、とても良い記事だと思います。各紙の社説が割れていることを強調しているのが興味深い所です。

 予想していた通り、中国、韓国の反発は形式的でした。良い方向に向かうことを期待したいと思います。

8月28日 絶好の植え替え時期

 このところ秋雨前線の影響で、曇りや雨の日が続いています。雨の日は、手持無沙汰になりがちですが、この時期こそ、ガーデニングにとっては、植え替えや株分けの絶好の時期です。

 理由は以下の通りです。
(1)株が茂り、花が咲いていると、どの株が大きくなりすぎているとか、どこに移したら良いかが一目瞭然である。あそこが淋しいので、この花がもう一つ欲しいといったことが明瞭である。
 春先は、移植や株分けに最も適してはいるが、多年草がようやく目を出し始める時期で、株が育っていないので、庭のどこに植えたらよいかが判然としないのが大問題。

(2)気温の高いこの時期に植え替えや株分けを行うと、冬までに根が十分育つので、翌年の株の成長が早い。また、冬の凍結にも株が耐えられて、寒さで枯死することがない。これは、寒冷地では重要なことで、10月以降に植え替えると、寒さで枯死することがある。

(3)雨や曇りで、植物が弱ることなく生育が順調である。大株でも思い切って移植できるし、株分けしても枯れることがない。

 というわけで、来年の花の咲くのを楽しみに、今から準備をしています。


9月8日 グラズノフの交響曲

 コゲラとメジロの二羽が、我が家の窓に激突してしまいました。窓が三重ガラスのため、反射の具合で窓を空と見間違えるようです。庭には多数の野鳥がやって来るので、毎年、二三羽が犠牲なります。丁重に庭に葬りました。

 毎日雨や曇りの日が続き、うんざりしています。植物の植え替えには良いのですが、それにしても日の射す時間が少なすぎます。

 今日も朝から雨なので、畑仕事もできず、朝からFM放送を聞いていると、グラズノフの交響曲第3番をやっていました。初めて聴く曲です。運動がてらスローステップを踏みながら聴きましたが、なかなか良い曲でした。

 これがきっかけで、グラズノフを聴きたくなり、義父の残してくれたCDを探していたら、交響曲第6番と第7番「田園」があり、早速聴いてみました。ロジェストヴェンスキー指揮、ソヴィエト文化省交響楽団の演奏です。

 いずれも美しい曲です。とりとめのない感じですが、全体に抒情的で、汽車の窓から移りゆく景色を眺めているような気分にさせる曲です。特に、第7番が気に入りました。

 グラズノフは、チャイコフスキーとショスタコーヴィチをつなぐ時代の作曲家です。チャイコフスキーを師と仰ぎ、若きショスタコーヴィチを世に出した人です。

 まだ数日は天気が不順なようなので、グラズノフを聴いたりして、徒然を慰めたいと思います。


9月17日 安保法制に思うこと

 国会前の反対デモの報道を見ていると、1970年代の学園紛争の頃を思い出します。私の通っていた大学も過激派に占拠され、一年近くも休校になりました。

 毎日することもなく、青春時代の孤独感と、一抹の社会正義感から、学生運動に参加しました。今思えば、自分の頭で考えた確固とした信念があるわけでもなく、政治経済に関する知識があるわけでもなく、時代のムードに流されていただけでした。

 同級生の中には、マルクス・レーニン主義を巧みに操り、反論の機会を少しも与えない頭の切れる者が何人かいました。自分の考えを持てず、なんとなく後ろめたさを感じていた私は、簡単に彼らの勧誘の餌食になりました。デモに参加して、若さを発散し、仲間との連帯感を共有することは心地良くもありました。

 やがて学園紛争は終結し、もとの学生生活に戻ると、「あれは何だったのだろうか」と、少し冷静になって振り返ることもありました。あれほど大騒ぎしても、世の中は変わっていない、若いエネルギーを無駄に発散させただけだったのではないかと、そんな風に思うようになってきました。あの時代に、西側世界に蔓延した避けようもない熱病に罹った、流行現象であったのではないだろうか。

 今回の国会前の反対運動も、形態や反対の中身は変わっていても、時代の空気に流されているという点では共通しているように思います。特に、「戦争法案」とか「徴兵制」とか「違憲」とか叫んでいる人たちは、一部の野党やマスコミや文化人や学者の影響を受けて、動いているだけなのでしょう。法案の中身を自分の頭でよく考えて行動を取っているのではない点では、過去の反対運動と共通しています。

 60年安保闘争のように、この安保法制が成立すれば、何もなかったように元の平穏に戻るのでしょう。

 しかし、一筋の光が見えたのは、今回のデモは、60年安保や70年代の学園紛争と異なり、イデオロギーの臭いが消えたことです。個人の考えで行動する人たちが現れたことです。この動きがこれからどう展開していくのか、大変興味があります。
 
 安保法制は、これからの運用が大切になってきます。時の政権が、不適切な運用に傾いたときにこそ、彼らの反対運動の真価が問われるのではないでしょうか。われわれの監視の目が重要になってきます。

 それにしても、違憲か合憲かの、神学論争で終始しているような国会もうんざりです。野党の運動会まがいの行動も、みっともないかぎりでした。

 

9月27日 戦争が当たり前だった時代

 今年は戦後70年に当たり、また先日には集団的自衛権を限定的に認める安保法案が国会を通りました。新しい時代に入りつつあるように感じられます。

 なぜ日本は、日中戦争や太平洋戦争をしたのか。これは私が常に問い続けている疑問です。

 石原莞爾という軍人がいました。半藤一利氏が『昭和史』のなかで、天才的戦略家と呼んでいる人物です。関東軍の作戦参謀で、満州事変を引き起こした張本人の一人です。満州事変があの日中戦争やがては日米戦争へと日本を引きずり込んでいく、大きなきっかけとなったことは間違えないようです。

 この石原莞爾の『最終戦争論』を読んでみました。

 まず驚いたのは、今日から見たときのその内容の幼稚さと、誇大妄想としか言いようのない世界観です。

 東亜連盟を結成する。そして産業大革命をして決戦兵器を開発する。これらをもって30年くらい先に、日米は人類の最後の戦争をする。日本が勝てば天皇が、アメリカが勝てば大統領が世界を統制する。最後の大決戦で、人口は半分になるかもしれないが、世界は政治的に統一される。思想も宗教も統一される。『最終戦争論』を要約すればこういうことになります。

 今日から見れば、荒唐無稽な考えとしか言いようがありませんが、当時のエリート軍人たちは、こんなことを真剣に考え、多くの国民も疑問は感じなかったのだろうと思います。

 今日は平和が当たり前ですが、当時は戦争が当たり前でした。戦争ありきの時代だったわけです。最終戦争で世界が統一されるなどという妄想は、まるで日本の戦国時代の延長のような発想です。世界が戦国時代であるから、日本が天下を取ると本気で考えたのです。天皇が世界を統治すると本気で望んだのです。

 こんな考えの軍人たちが、軍隊を、やがて政治を動かすようになれば、戦争に突き進むのを阻むものはなにもなくなります。必然的に、日中、日米戦争へと突き進むことになります。
 
 『最終戦争論』の冒頭に「この次の、すごい決戦戦争で、人類はとても戦争をやることはできないということになる。そこで初めて世界の人類が長くあこがれていた本当の平和に到着するのであります。」という下りがあります。

 彼の予言は当たりませんでしたが、人類を日本と置き換えると、見事に言い当てています。

 また、「・・・一発あたると何万人もがペシャンコにやられるところの、私どもには想像もされないような大威力のものができなければなりません。」とも言っています。この決戦兵器の予言は原子爆弾として的中しました。

 今日から見れば、幼稚で誇大妄想としか言いようのない『最終戦争論』ですが、見事に言い当てている所があります。

 ほんの70年前までは、このような時代だったことを、忘れてはなりません。

10月11日 紅葉の山 天候と紅葉の盛りに巡りあえるのは至難

 このところ秋晴れが続いたので、上高地と五竜遠見尾根に、ハイキングに行ってきました。

 10月9日の上高地は、紅葉には少し早く、ようやく色付き始めの段階でした。それでも穂高岳の中腹は紅葉の盛りで、秋特有の白っぽい岩肌が秋の日にてらされて、緑と黄色と白の織り成す美しさに目を奪われました。まだ人も少なく、比較的静かな散策を楽しめました。この時期は、涸沢などから下りてくる登山グループを多く見かけます。涸沢の山小屋は、布団1枚に3人という混雑だったそうです。行きたいけれど、これを思うと躊躇してしまいます。来年は、横尾か徳沢園辺りに泊まって涸沢に往復するなどの方法なども検討してみたいと思っています。

 翌日の天気も快晴との予報で、次の10日には五竜遠見尾根に出かけました。こちらは紅葉の盛りで、インターネットの情報では紅葉がとても良いとの評判です。行ってみると、評判に違わず素晴らしい紅葉でした。ブナや白樺の黄色とナナカマドやツツジの赤が織り成すそれは見事な紅葉でした。

 テレキャビンで野草園のあるアルプス平まで行き、そこから小遠見、中遠見、大遠見を経て3時間ほどで西遠見まで登りました。白馬三山、唐松岳、五竜岳、鹿島槍ヶ岳、爺が岳と続く大パノラマに目を奪われながら、紅葉の真っ盛りの稜線を歩きます。西遠見まで行くと、目の前に五竜岳が聳え、その左には鹿島槍ヶ岳が迫って見えます。

 帰りは地蔵の頭の下にある地蔵池を回りましたが、ここがまた素晴らしい紅葉でした。10月10日の土曜日ということで混雑を覚悟していましたが、意外に人が少なく、比較的静かなハイキングを楽しめ、紅葉を心から満喫することが出来ました。

10月20日 八ヶ岳尾横断歩道

 先日、紅葉を見に八ヶ岳横断歩道を初めて歩いてみました。標高1500m付近の八ヶ岳のすそ野を一周するトレイルです。今回は、観音平から三味線滝まで歩きました。山の中腹の紅葉が盛りで、所々とても美しい所がありました。ちょっとした散策には良い所です。

10月23日 富士見高原リゾートの紅葉

 富士見の立沢から信玄の棒道を通り、富士見高原リゾートの創造の森まで歩いてきました。想像の森から鹿の湯のある八峰苑まで下る道の紅葉が見事でした。

11月12日 今年は雑木の黄葉が特にきれい

 富士見高原も紅葉の季節が終わりに近づいています。今は、山のカラマツや雑木の紅葉がいっそう色を増して、終わりかけてきました。今年は例年よりも桜や雑木の黄葉が特にきれいでした。年によっては、黄葉というよりは、葉が枯れてくるという感じがしますが、今年は鮮やかに色づいてくれました。

 一年で最も美しい季節も終わりに近づき、いよいよ長く寒い冬が始まろうとしています。

白林荘の裏の散歩道。ジョギングや散歩をする道。

家のすぐ近くにある別荘の紅葉

11月18日 アンナ・ネトレプコの椿姫

 BSプレミアムシアターで、2005年ザルツブルク音楽祭の「椿姫」を見ました。

舞台は白の円形の壁だけで、衣装は黒に統一され、椿姫だけ赤のドレスを着たシンプルな色使いに意表を衝かれました。大きな時計が何かを象徴するように置かれています。オペラの進行とともに、この時計が舞台道具として活躍します。少しばかり抽象化された演出ですが、「椿姫」の登場人物の内面をうまく表現した素晴らしい演出です。最初から最後まで同じ舞台なので、筋の展開が素早く、このスピード感が心地良いものでした。

 とりわけ評判になったというヴィオレッタ役のアンナ・ネトレプコが出色でした。現在最高のヴィオレッタ役と言えるでしょう。歌唱力と表現力は群を抜いています。しかも華があり、プリマドンナとしての条件を完璧に備えています。

 アルフレード役のロランド・ビリャソンも、その甘く柔らかい声が魅力的で、適役でした。「椿姫」の第三の主役でもあるジェルモン役のトマス・ハンプソンも、他に考えられないくらいのはまり役です。

 カルロ・リッツィ指揮ウィーン・フィルの演奏と相まって、オペラの醍醐味を堪能しました。

12月1日 今年は干し柿が全滅

 早いもので、もう12月になりました。あっという間の一年でした。

 例年、干し柿を作りますが、今年は気温の高い日が続き、しかも乾ききらないうちに暖かい雨が降り、干し柿にカビが生えてしまいました。約500個の柿の皮を剥き、軒先に吊るしたのですが、大半がカビで捨てざるを得なくなりました。がっかりです。

 この数日は冬らしくなり、初めて氷が張りました。八ヶ岳も雪で白くなり、青空に白い峰々が輝いています。そんな初冬の風景をみながら、畑の冬じまいを進めています。

 人参、大根、白菜、キャベツは凍らないように、土に埋めたり、落ち葉の中に保存したりして、冬の間に食べます。

12月4日 日本の美は「ごみ溜めの鶴」

 今年の初雪は12月4日。
 日経ビジネスのインターネット版に「これでいいの?日本の景観」以下「京都ってインドみたいなところなんですね」 「美しい国だワクチン」を接種された日本人という題名で、アレックス・カーのインタビューが載っていました。

 アレックス・カーは米国人で、横浜で子供時代を過ごしたことがあり、日米で日本学を学んだ人です。著書に『美しき日本の残像』があり、私も読んで、今まで知らなかった京都の魅力を教えられました。外国人に、日本の魅力を教えられることは珍しくありませんが、アッレックス・カーの指摘は鋭く、なんで日本人がこんなことに気付かないのかと、情けなくなりました。

 圓通寺、伏見稲荷や四国の祖谷渓などは『美しき日本の残像』を読んで初めて知り、訪れたところです。

 そのアレックス・カーが日本の景観の醜さを改めて指摘していました。

 欧米を旅行すると常に感じることですが、日本の町並みの醜さです。電信柱が乱立し、安っぽい建材と機能本位のアルミサッシ窓でできた住宅がごちゃごちゃと並んでいます。

 それにもかかわらず、「美しい日本」を日本人が疑わないのは、自然と文化に、極上の美が残されているからです。美しい山河や渓谷、四季の移り変わりの美しさは世界に自慢できます。金閣寺や銀閣寺、能や歌舞伎などに代表される日本の伝統文化は、国際的にも第一級の価値を持っています。

 明治以降の近代化の過程で、第二次大戦の破壊からの復興の過程で、日本中が「ごみ溜め」のようになってしまいました。どうも日本人は、「ごみ溜め」の中にいても、「鶴」しか見ない習性を備えているようです。そろそろ「ごみ溜め」に皆が気づき、これを清掃する時期に来ているのではないでしょうか。いつまでも外国人から指摘されるまでもなく。

12月14日 野田秀樹演出の『フィガロの結婚』

 去る10月24日、東京芸術劇場で行われた『フィガロの結婚』を、BSプレミアムシアターで見ました。野田秀樹演出による、斬新な演出によるものです。

 今まで日本人のオペラ公演には違和感を感じていました。技術的には遜色なくても、西洋のオペラに日本人がすんなりと行かないものを感じてきました。特に外国人と共演すると、その差が目だって、違和感が増幅されてしまうようです。

 今回の新演出は、日本人オペラの一つの解決策を与えてくれたような気がします。

 舞台は『蝶々夫人』とほぼ同じ時代の長崎に設定されています。西洋からやって来た伯爵夫妻と、日本人の召使という組み合わせで、伯爵、伯爵夫人とケルビーノは外国人歌手が原語のイタリア語で、フィガ郎(フィガロ)、スザ女(スザンナ)以下は日本人が日本語で歌います。日本人同士のレティタティーヴォは日本語です。この日本語は、イタリア語台本の訳ではなく、筋立てを自然に展開させるために、かなり自由に創作されています。このことが、日本語で歌う不自然さを解消することに成功しています。

 むしろ、筋の展開の自然さや、ドラマ展開の分かりやすさといった点では、原作より優れているかもしれません。とりわけ第三幕の、フィガロの母親と父親が判明する場面は、出色の出来栄えでした。原作よりも日本語のこの演出の方が優れているのではないか、とさえ思いました。

 演出、演技や衣装は、伝統的な歌舞伎の要素を随所に取り入れています。これがコミカルな『フィガロの結婚』にぴったりと嵌っていました。

 見るまでは、最近流行の斬新さを狙った演出かと思っていましたが、これは完全な誤りでした。イタリア語と日本語の組み合わせが実に自然で巧みで、違和感は全く感じません。これには、工夫を凝らした上手な日本語訳ということもありますが、日本人には日本語がぴったりするということを、改めて思い知らされました。

 日本人のオペラには、どんなに歌が上手く演技がよくても、常に拭いえない違和感を感じてきました。日本人としての顔かたち、体型や動作が、西洋のオペラのなかではすっきりとしないのです。丁度、西洋人が歌舞伎を演じるときに感じる違和感と似ています。

 これが日本語で演じると、この日本人としての顔かたち、体型や動作がぴったりとするのです。日本語で歌うことの不自然さや音楽性が損なわれるのではないかという心配は杞憂でした。日本語訳が原語からの直訳ではなく、日本語として自然になるように、自由に創作されていたからです。モーツァルトの完璧に出来上がった音楽には、日本語でも受け入れる器の大きさがあることを知りました。モーツァルトの音楽だからこそ出来たことかもしれません。

 あまりにも面白く、四幕を飽きることなく一気に見てしまいました。こんなに楽しめるオペラはそうざらにはないと思います。井上道義指揮の読売日本交響楽団も、軽快感や洒脱さはないものの、堅実な演奏でした。フィガロもスザンナも役柄にぴったりで、好演技でした。伯爵夫人も美しく、伯爵も好色振りをうまく出していました。ケルビーノは原作の女声ではなく、テノールが演じて自然な雰囲気を出していました。

 主な配役は
フィガ郎(フィガロ): 大山大輔
スザ女(スザンナ): 小林沙羅
アルマヴィーヴァ伯爵: ナターレ・デ・カロリス
アルマヴィーヴァ伯爵夫人: テオドラ・ゲオルギュー
ケルビーノ: マルテン・エンゲルチェズ
マルチェ里奈(マルチェリーナ): 森山京子
バルト郎(ドン・バルトロ): 妻屋秀和
走り男(バジリオ): 牧川修一
狂っちゃ男(クルツィオ): 三浦大喜
バルバ里奈(バルバリーナ): コロン・えりか
庭師アントニ男(アントニオ): 廣川三憲

12月25日 クリスマス

 子供が大きくなり、親元から離れていくと、クリスマスも関係なくなりますが、それでもイブにはクリスマス・ソングを聴きながら夕食を食べる習慣は残っています。毎年きまってかけるのは、ウイーン少年合唱団によるクリスマス・ソング集です。

 今年最後のCDがHMVから届きました。ハーゲン弦楽四重奏団による、モーツァルトの弦楽四重奏曲第14番と第17番「狩」です。一風聴きなれない演奏で、最初は戸惑いますが、提示部の繰り返しになるともう耳が慣れて、違和感がなくなります。奇を衒ったというのではなく、斬新な解釈といえるでしょう。少し崩したという感じで、グレン・グールドの革命的な解釈と比べればまだ大人しい変更の部類に入ります。

 ジュリアードとかアルバンベルクなどの、いわゆる規範的な演奏に慣れた耳には新鮮で、しばらくはこの演奏を楽しめそうです。SACD化されていて、録音が素晴らしいのも嬉しい限りです。それというのも、モーツァルトの弦楽四重奏曲には、演奏と録音が共に良いものがないからです。

 このSACDは、曲目の表記が逆になっているという杜撰さですが、これもご愛嬌です。

冬至ころの遅い日の出。家の前にある別荘。

12月30日 年末に聴く曲

 世の中では年末になるとベートーベンの第九が恒例ですが、私はへそ曲がりなのか、第九を年末に聴くことが好きではありません。偉大な曲ですが、ちょっと大げさで、お祭り気分的なこの曲は、静かに年末を送ろうとする気分にはぴったりしないのです。

 今年は、モーツァルトの『魔笛』を聴きたくなりました。いくつかあるCDの中から、レバイン指揮ウィーンフィルのザルツブルク・フェスティバル版を選びました。