私の近況2014

1.1『椿姫』 の素晴らしい演出 ミラノ・スカラ座2013年12月開幕公演

  『椿姫』で知られるこの有名なオペラは、デュマ・フィス原作の小説と戯曲『椿の花の貴婦人』によるものです。オペラの題名は、当時のヴェルディの境遇に当てはめて、『道を踏み外した女』 La traviata(ラ・トラヴィアータ)となっています。ヴィオレッタの歌の中に、「道を踏み外した女はもうもとに戻れない」という台詞が繰り返し出てきます。

 日本では、原作の題名に因んで『椿姫』が使われています。

 このオペラの重要な場面は、第二幕の父ジェルモンとヴィオレッタが対決するところです。常識的で健全な道徳観のジェルモンが、ヴィオレッタに自分たちの家族のために身を引くように迫る場面です。娼婦ではあるものの、気高い精神の持ち主のヴィオレッタは、絶望的な悲しみに苛まれながらも、ジェルモンの申し出に従います。第一幕のような音楽の派手さはありませんが、重要な聴きどころです。

 でも演出によっては、第一幕の圧倒的な音楽の陰に隠れてしまい、奥に引っ込んでしまうような印象を与えてしまいます。今まで見た演奏では、いつもこのような物足りなさを感じていました。というより、第二幕になって、急に面白くなくなったという方が正確かもしれません。

 今回の、2013年12月7日のスカラ座開幕公演での『椿姫』では、この問題が見事に解消されていました。第二幕が素晴らしい設定のもとで展開します。第二幕がこれほど魅力的で素晴らしいものであったと、初めて認識することができました。

 『椿姫』は、第一幕にポピュラーな名曲が詰まった通俗的なオペラ、というようにしか捉えられなかった、今までの不明を恥じるばかりです。今回のチェルニャコフの演出は、『椿姫』の真価を教えてくれた、大変素晴らしいものだと思います。原作に立ち返った深い描写の中に、新しい物を付け加えるという、極めて説得力のある演出で、傑作だと思います。
 
 歌手では、ヴィオレッタのディアナ・ダムラウが出色で、歌と演技がともに断トツのうまさでした。そのために、アルフレード役のピョートル・ペチャワが、これはこれで適役ですが、でくの坊のようにさえ見えてしまうほどでした。父親のジェルモン役のジュリコ・ルチッチも、この役にはまっていました。今回の演出で見逃せないのが、ヴィオレッタの下女のアンニーナ役のマーラ・ザンピエーリの存在です。歌はないのですが、ヴィオレッタにいつも付き添い、このドラマの引き立て役としの存在感を印象付けてくれました。

 指揮はダニエル・ガッティです。

 
悲劇の大家ヴェルディの真価をこの『椿姫』に再発見しました。ヴェルディはモーツァル後のオペラの大家であることを、改めて実感しました。


2013年12月7日、ミラノ・スカラ座
<出 演>
ヴィオレッタ・ヴァレリー: ディアナ・ダムラウ
フローラ・ベルヴォア: ジュゼッピーナ・ピウンティ
アンニーナ: マーラ・ザンピエーリ
アルフレード・ジェルモン: ピョートル・ベチャワ
ジョルジョ・ジェルモン: ジェリコ・ルチッチ
ガストン子爵: アントニオ・コリアーノ
ドゥフォール男爵: ロベルト・アックルソ
ドビニー侯爵: アンドレア・ポルタ
グランヴィル: アンドレア・マストローニ
ジュゼッペ: ニコラ・パミーオ

ミラノ・スカラ座合唱団
ミラノ・スカラ座管弦楽団
指 揮:ダニエレ・ガッティ
演出と美術:ドミートリ・チェルニャコフ
衣 装:エレナ・ザイツェワ
照 明:グレーブ・フィルシュティンスキー


1.10  『5番(運命)』と『未完成』の共通点

 この正月に、カルロス・クライバーの『未完成』を聴きました。カルロス・クライバーは、私のお気に入りの指揮者ですが、シューベルトの『未完成』はまだ聴いたことがなかったので、昨年の暮れにHMVに注文しておいたのが年末に届き、新年になってから聴いてみました。

 冒頭から衝撃的でした。地の底から響いてくるような低弦の序奏に続く、タタタタタタ・タタタタタタ、・・・・の弦の刻みの上にオーボエのソロが第一テーマを奏でるところで、もうすっかり演奏に取り込まれてしまいました。このタタタタタタ・タタタタタタ、・・・・は、ひたひたと静かに知らぬ間に、何か得体のしれない不気味なものが忍び寄ってくる足音のようです。その足音は、足早に、実に足早に、次第に大きくなりながら、すぐそこまで迫ってきます。そしてそれが正体を現したとき、それは、悲しい「運命」であることがはっきりしてきます。

 私は、クライバーの『未完成』を聴きながら、これはシューベルトの「運命」交響曲だと思いました。今まで何度もこの曲を聴いてきましたが、悲しみを湛えた最高に美しい曲という以上のものは感じ取れませんでした。今回クライバーの演奏から、『未完成』はシューベルトの「運命」交響曲だということを直観しました。

 シューベルトの「運命」は、第一楽章の展開部の最後でその正体を現します。恐ろしい「運命」です。この「運命」と向かい合い、それに抗うことができず、諦めのなかにそれを受け入れて、最後には平穏な安らぎを得るに至るのが第二楽章ではないでしょうか。


 「運命」といえば、ベートーベンの『5番』ですが、ベートーベンの曲はいかにも「運命が扉を叩く」といった感じで、少々芝居がかって始まります。そして、その「運命」と格闘の末、最後には「運命」をねじ伏せ、勝利者となるというドラマチックな終わり方をします。強い人間の音楽です。ですから、ベートーベンには、人を奮い立たせ生きる勇気を与える力があります。

 これに対して、シューベルトの「運命」は悲劇的です。知らない間に、ひたひたと近づき、気の付いたときにはもうそれから逃れられません。悲しい「運命」と向き合い、悩み苦しみ、やがて諦め、最後には「運命」を受け入れて静かな平穏を求めるしかない、弱い人間の「運命」です。この曲には、人を勇気づけるような力強さではなく、悲しむ人にそっと寄り添う優しさがあります。ベートーベンのような押し付けがましさがなく、そっと心に染み入ってくる音楽です。

 ちょっと挫けたような時は、ベートーベンを聴くのがよく、深く悲しみに沈む時はシューベルトが合います。こんな時にベートーベンを聴くと、逆効果で、かえって気が滅入ってしまうでしょう。鬱状態のときに、ガンバレ!ガンバレ!と言われるような感じです。

 クライバーにはベートーベンの『5番』の名演が残されています。冒頭の、ダダダ・ダーーーーーーーと長く尾を引くところが先ず印象的ですが、この滑らかさとスマートさが特徴で、ベ-トーベン的な泥臭さがなく、ウィーン的と言っていいのかどうかわかりませんが、とても洗練されています。私のお気に入りの演奏です。

 昔のLPの時代ですが、ベートーベンの『5番』とシューベルトの『未完世』をセットにしたものが定番でした。この二曲は、常に人気のトップを争うポピュラーな曲で、LPの片面に丁度収まる長さであったのが理由でしょうが、それだけではなかったのかもしれません。二つの曲の共通性ということも、表の商業的な目論見の陰に隠れてはいても、あったのではないでしょうか。

 

1.20  イギリス人ジャーナリストの書いた一冊の本

 最近読んだ本で、大変印象に残った一冊を紹介します。
ヘンリー・S・ストークス著
『英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄』
祥伝社新書 2013年12月10日発行 840円
 著者はイギリス人で、滞日50年、『フィナンシャル・タイムズ』、『ロンドン・タイムズ』。『ニューヨーク・タイムズ』の各東京支局長を勤めた著名なジャーナリストです。
 この本の要点をまとめると、以下のようです。
・大東亜戦争は侵略戦争ではなかった
「それは侵略戦争が悪いからではなく、「有色人種が、白人様の領地を侵略した」からだった。白人が有色人種を侵略するのは『文明化』で、劣っている有色人種が白人を侵略するのは『犯罪』であり、神の意向に逆らう『罪』であると、正当化した。」
「アジアの国々を独立させたのは日本の功績。」
・大東亜戦争史観をもとう
「日本が戦争を戦った事実を把握するためには、「大アジア」を戦場として、アジア諸民族を搾取する植民地支配者であった欧米諸国と戦い、アジアを解放した「大東亜戦争史観」をもって見る必要がある。
 アジアを蹂躙し、植民地支配をしたアメリカも、ヨーロッパ諸国も、「大東亜戦争史観」という観点から歴史を見られることだけは、決定的にまずい。日本が「太平洋戦争」を戦ったことにしておきたいのだ。」
・アメリカは原爆を投下する必要が、まったくなかった
「アメリカは原爆を投下する必要が、まったくなかった。生体実験のように、人間に原爆を投下した。そこには、「辱めを与える必要性が」あった。日本人を徹底的に打ち砕き、完膚なきまでに叩きのめさねばならなかった。勝者の正義などは、まさに「建前」で、復讐せずには収まらなかったのが「本音」である。」
・東京裁判は復讐劇
「東京裁判は復讐劇であり、日本の正当性を認めることなど、最初からありえないことだった。認めれば、自分たちの誤りを認めることになってしまう。
 広島、長崎に原爆を投下し、東京大空襲をはじめ全国の主要都市を空襲して、民間人を大量虐殺した「罪」だけでなく、もっといえば、世界で侵略を繰り返してきたその正義の「誤謬」が、明らかにされることがあっては、けっして、ならなかった。それが連合国の立場だった。」
・「南京大虐殺」はプロパガンダで、いわれのない非難
「目撃者がいる殺人事件は、南京陥落後三日間でゼロであった。誰一人として殺人を目撃していない。」
「(宣教師で国民党政府の「顧問」である)ベイツは、中央宣伝部の「首都陥落後の敵の暴行を暴く」計画に従って、「虚構」の報告書を書いたと考えられる。」 このベイツは、東京裁判でも「日本軍の虐殺を主張した。」
「「南京大虐殺説」は中国国民党中央宣伝部によるプロパガンダであった。」
「蒋介石と毛沢東は南京陥落後に、多くの演説を行っているが、一度も日本軍が南京で虐殺を行ったことに、言及していない。」

・「慰安婦」問題は非常識で、いわれのない非難
「売春は世界最古の職業だ」

「太平洋の戦場で会った朝鮮人慰安婦は、すべて売春婦か、両親に売られたものばかり。」


「朝鮮戦争の時も、ベトナム戦争の時も、戦場にはかならず慰安婦がいた。」
「韓国にはアメリカ軍を中心とする国連軍のための慰安婦が、大勢いる。」
「李承晩大統領は強硬な反日政策で知られるが、・・・その李承晩でさえも「慰安婦に補償をしろ」などという、あまりにも非常識なことは言わなかった。」
「「慰安婦」問題は、完全にナンセンスだ。なぜ、「慰安婦」問題がこれ以上俎上に上るのか、理解できない。「邪悪な日本」というものを設定し、それを宣伝するプロパガンダになっている。」
「韓国人は劣等感を癒すために、日本を苛めて、快哉を叫んでいるが、劣等感はネガティブなものだから、やがてはマイナスに作用する。そのうちに、日本という大切な財産を活用できなくなるだろう。」
以上が、ヘンリー・S・ストークス著『英国人記者が見た『連合国戦勝史観の虚妄』の主要な部分の要約です。
最後に、オリバー・ストーン監督の公正なアメリカ人としての見方も併せて紹介しておきます。
「原爆投下は正しかった」というのはアメリカが創作した神話
NHKBS世界のドキュメンタリー <シリーズ オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史> で、オリバー・ストーン監督も、「『原爆投下は正しかった』というのはアメリカが創作した神話であり、トルーマンという『凡人』によって引き起こされた悲劇だ」と断言してます。

 
広島と長崎への原爆投下に至るアメリカ政府内の「知られざる論争」に焦点をあて、ミニッツ、アイゼンハワー、マッカーサー、キング、アーノルド、レイヒーという6人の主要な将軍が、「原爆投下は道徳的ににも非難されるべきであり、軍事的にも必要ない」と主張していた事実を明らかにしています。


2.1  アバド モーツァルト ピアノ協奏曲27番

 アバドが1月20日、80歳の生涯を閉じました。

 正直なところ、アバドについては特に強い印象を持っていませんでした。持っているCDも、ベートーベンの交響曲全集、メンデルスゾーン交響曲全集、ゼルキンとのモーツァルトのピアノ協奏曲、『フィガロの結婚』、そして最近のピレシュ/モーツァルト管弦楽団とのモーツァルトのピアノ協奏曲20番/27番くらいです。このなかでは、最後のモーツァルトがとても印象的でした。今までのアバドとは違うと思いました。

 アバドには、ゼルキン/ロンドンフィルとのピアノ協奏曲27番がありました。この演奏は、特別にいいとも思わなかったのですが、最近のピレシュ/モーツァルト管弦楽団とのモーツァルトのピアノ協奏曲20番/27番は、ほんとうに素晴らしいと思いました。最高のモーツァルトの一つだと思います。ピレシュの冴えた才気あふれるピアノとともに、オーケストラの表現力が際立っています。

 この機会にと思い、手持ちのCDから、モーツァルトのピアノ協奏曲27番を聴き比べてみました。モーツァルト最後のピアノ協奏曲で、簡素で、澄みきった深い美しさのある名曲です。


カサドシュ/セル/コロンビア交響楽団
 まろやか、上品で、模範的なモーツァルト

アシュケナージ/フィルハーモニア管弦楽団
 美しい、輝くピアノの音、率直で純真な演奏
 弾き振りの緻密なアンサンブルと緊張感がいい
 二楽章の美しさは天国的

ペライヤ/イギリス室内管弦楽団
 さわやか、誠実、真摯

内田光子/クリーブランド交響楽団
 緻密、音符の一つ一つに生命が感じられる
 モーツァルトの最高の演奏の一つのスタイル

内田光子/テイト/イギリス室内管弦楽団
 前者に比べるとオーケストラに力強さがある
 元気で溌剌としている。
 こちらもよいが、前者の方が奥深い

ゼルキン/アバド/ロンドンフィル
 そつのない演奏
 お爺さんのよたよたしたピアノだが、枯れた美しさ

ピレシュ/アバド/モーツァルト管弦楽団
 至極のモーツァルト 
 冴えたピアノ

この中からお気に入りを選ぶとすれば、
アシュケナージ/フィルハーモニア管弦楽団
内田光子/クリーブランド交響楽団
ピレシュ/アバド/モーツァルト管弦楽団
の三つです。


田んぼに張った氷でスケートをする小学生たち

 上の写真は、今はもう珍しくなった田んぼでスケートをする風景です。

 私がまだ子供だった頃は、信州ではどこでも見られた風景でした。私の小学校では、冬になると校庭に水を入れて凍らせて、スケートリンクを作り、毎朝スケートをしました。早朝はしっかり張っていた氷も、次第に溶けはじめ、そのうちにミシミシと氷が割れはじめる音がし始めて、氷の上に水が浸みだしてくると、スケートも終わりになります。当時は、そのぎりぎりのタイミングまで、スケートを続けたものです。

 氷が薄くなって危なくなると、上級生が教えてくれたものです。先生方も、その判断は子供たちに任せていたように思います。今のように、「あぶない、危険だ」などと、親たちが必要以上に心配することもありませんでした。危険は自分で感じて、子供たちは逞しく育ったものです。
 
 私はスケートが下手で、上達することはありませんでした。当時は「下駄スケート」という、木の下駄にスケートの刃を取り付けたものでした。紐でしばって足に固定するのですが、紐がすぐに緩み、ぐらぐらしてうまくすべっれなかったも、上達を阻む一因でした。マイナス10℃近くの寒いなかで、足は足袋一枚だけでしたから、足がとても寒かったことを思い出します。

 

2.14  アバドを偲んで モーツァルトのレクイエム

 ルツェルン音楽祭2012年のアバド指揮、モーツァルトのレクイエムが、先日のNHK BSプレミアムシアターで再放送されました。今までに聴いた中で最高に美しいレクイエムだと思いました。記念に、ブルーレイ・ディスクに録画しながら、二回続けて聴いたほどです。こんなに透明で清澄なレクイエムは初めてでした。

 実を言えば、以前にこの番組が放映されたときも聴きました。正直に言って、その時はそれほどの感銘を受けませんでした。レクイエムのような曲は、こちらの精神状態がそれを受け入れる状況にない時は、素通りしてしまうものです。その時も、その様な状態であったと思います。

 今回は、もうアバドはいないのだと思って聴いたことも手伝い、実に深い感銘を受けました。曲が終わったあと、アバドは指揮台でそのままタクトを握った手を胸の前で合わせ、しばらく祈りを捧げていました。その姿が印象的で、目に焼き付いています。げっそりと痩せて、痛々しい感じさえ覚えるアバドの立ち姿を忘れることはないでしょう。彼は何を祈っていたのでしょうか。

 このレクイエムをモーツァルトに発注したのは、アマチュア音楽家のヴァルゼック伯爵です。ヴァルゼック伯爵は匿名で作曲を依頼し、自分の名前で妻の追悼のために演奏しました。何やら最近のゴーストライターの事件を思い起こさせます。

 今回、アバドの指揮するレクイエムに深い感銘を受け、前回聴いたときはそうではなかったように、音楽を純粋に音楽だけで評価することは難しいものだと思います。その時の受け手の心の有り様によって、いかほどにも変わりうるからです。ですから、一度聴いただけで簡単に評価を下すことは危険だと思うようになりました。

 

2.23  どういうわけか三島由紀夫

 昔読んで、その時はよく分からなかったり、感銘を受けることもなかったけれど、どこか頭の隅に忘れずに残っていて、いつまでも気になる作家というものがあるものです。私にとっての三島由紀夫はそんな存在です。

 そこで、改めて読んでみて、なるほどと思うようになりました。日本の古典を読んでみたり、歴史関係の本を読んで、自分なりの歴史観を持つようになって、再び三島由紀夫の小説を読んでみると、お面白いと思えるようになりました。

 とはいっても、まだ『仮面の告白』を読み返したり、最後の四部作の『豊穣の海』を読み始めただけですが、日本の伝統文化に深く根を張った作家であることを、つくづくと感じました。

『豊穣の海』第一巻『春の雪』
 主人公の松枝清顕は、公家の綾倉家で育てられ、美貌で、優雅を身に着け、性格は優柔不断で、何事にも興味がなく、「何か決定的なもの」が欲しく、「感情」のためだけに生きようとしています。

 幼なじみの綾倉聡子は、清顕を愛しています。清顕のほうは、自分を愛してくれる人間を軽んじ、冷酷に扱う、冷たい毒をもっています。聡子に対して冷たい態度を取り続ける清顕ですが、聡子の宮家への輿入れが決まり、勅許が下った瞬間から、積極的な行動を開始します。この清顕の行動は、ちょっと不可解ですが、愛欲というものの本質を突いているようにも思います。この部分の本文を参照すると、

 『優雅といふものは禁を犯すものだ。それも至高の禁を』と彼は考へた。この観念がはじめて彼に、久しい間堰き止められていた真の肉感を教へた。・・・・・
『今こそ僕は聡子に恋している』
 この感情の正しさと確実さを證明するには、ただそれが絶対不可能なものになったといふだけで十分だった


 その後、清顕は勅許のおりた宮家との婚約者である聡子との密会を重ねます。聡子は妊娠し、親たちによって秘密裏に堕胎させられますが、その直後に聡子は出家してしまいます。そして聡子は脳の病気ということにされて、婚約が破棄されます。

 一方、清顕は新年の歌会始に例年通り参観します。そこで御製が読み上げられる時、恐れ多くも竜顔を仰いだ清顕は、

『お上をお裏切り申上げたのだ。死なねばならぬ』
 清顕は、漠とした、けだかい香のたちこめる中に倒れてゆくような思ひで、快さとも戦慄ともつかぬものに身を貫かれながら、そう考えた。

 清顕は、奈良にある月修寺という寺に籠る聡子に会いに行きます。しかし、聡子は決然として会うことを拒絶し続けます。そこで病に罹った清顕は、友人の本多繁邦に助けを求めますが、遂に聡子に会うことは叶えられず、繁邦に付き添われて帰京した清顕は、

 ━帰京して二日ののちに、松枝清顕は二十歳で死んだ。

 登場人物は、明治大正時代の皇族や貴族階級で、雅な宮廷文学の流れを感じさせます。根っこのところで、源氏物語にも通じるものを感じます

P.S.
 ソチ・オリンピックも終わりました。新しいヒーロが生まれたり、期待され過ぎたヒロインの悲劇もありました。オリンピックは、見る人にも一生忘れられない記憶を刻み付ける、とてつもないドラマです。この期間は、誰もが、一時的にも、ナショナリストになったのではないでしょうか。


 

3月12日 パロアルトの二週間

 二週間ほど、シリコンバレーのパロアルトに滞在してきました。パロアルトはスタンフォード大学のある町です。また、ハイテクの発祥地でもあります。1938年に、スタンフォードの卒業生のデイビッドとパッカードが、この地に現在のヒューレット・パッカードの前身となる会社を設立したのが、シリコンバレーの始まりとされています。この時の会社が、パロアルトのアディソン・アベニューに、デイビッド・パッカード・ガレージとして残っており、米国国家歴史登録材に指定されています。

 最近の例では、フェイスブックの最初のオフィスが、ユニバーシティー・アヴェニューにあります。

 パロアルトは、スペイン語で「背の高い木」を意味し、今も住宅地のあちこちに、セコイア(レッドウッド)の巨木が聳えています。

 毎朝、住宅街を散歩しました。木々に覆われ、美しい庭の植え込みのある美しい家並みが続いています。日本で類似の風景を探すとすれば、軽井沢や蓼科の別荘地が近いかもしれません。

 町には、スタンフォード・ショッピングセンターやタウン&カントリー・ヴィレッジなどのショッピングセンターがあり、ダウンタウンにはホールフーズ・マーケットなどもあって、住宅街から歩いても買い物に行けてとても便利です。パロアルトは、住環境と生活の便利さに恵まれた、米国でも指折りの生活水準の高さを誇る町です。

 パロアルトの住宅街を歩きながら、このような街は日本では絶対に無理だなと思いました。車がめったに通らないような住宅地でも、車線の幅は片側二車線はあり、両側には街路樹が植えられ、歩道が完備しています。この歩道から、一般的な日本の住宅の庭よりも広い前庭を隔てて、家が建てられています。住宅の様式は全てまちまちですが、平屋建てが多く、周囲を高い木で覆われているので、全体として自然に調和がとれています。庭の植え込みもまちまちですが、どの家の庭も手入れが行き届き、美しい低木や草花が植え込まれていて、緑の芝生がきれいに刈り込まれています。特にガーデニングに凝っているというわけではないのですが、どの家も美しい植え込みを持っています。敷地は平均的にも300坪はあるようです。特に豪邸というわけではないのですが、趣味の良い美しい家が並んでいます。

 アメリカの豊かさに改めて圧倒された二週間でした。

 そして日本に帰ってきて、貧弱で、ごちゃごちゃした家並みを見て、少しがっかりはしますが、そこにある種の居心地の良さを感じることに気が付きました。生まれ育った環境が、そう感じさせるのでしょう。完璧に美しい街並みに、なじみがないということかもしれません。

 アメリカにいる間中、三島由紀夫の『奔馬』を読んでいました。次回はその感想を書く予定です。


3.27  ゲヴァントハウス管弦楽団 京都公演
           生でしか聴けない曲 マーラ第7番シンフォニー

 縁あって、ゲヴァントハウス管弦楽団の京都公演を聴く機会に恵まれました。指揮はシャイーです。

 素晴らしい演奏会でした。マーラーの第7番シンフォニー一曲のプログラムでしたが、90分にも及ぶ長大な曲で、これ一曲で満足しました。これ一曲しかやらない意味が聴いてみてわかりました。地味な曲だけに、この曲だけの印象で終わらせることが重要です。

 ソナタ形式、三部形式、スケルツオ、三部形式、ロンド形式からなる、五楽章の構成です。これと言って特に印象的な主題があるわけでもなく、とりとめのない感じの曲ですが、オーケストラの色彩感はずば抜けています。オーケストラの音色を堪能するには、ぴったりの曲だと思います。ハープをはじめ、ギター、マンドリン、カウベルまで登場します。特に、金管の活躍が目覚ましく、ゲヴァントハウスの鋭く、強く、輝かしく、それでいて美しい音色には堪能させられました。その燦然たる音色は、未だに耳に残っています。

  ホールをつんざくような輝かしい金管の音、力強く朗らかなホルンの響き、柔らかくかつ強い木管の音色、燦然たる輝きに満ちたシンバル、地を轟かすティンパニー。これらの音が混然一体となって、重厚な弦の合奏を掻き消して炸裂する。怒涛のように押し寄せる音の洪水、それが収まると、静かな弦の抒情的な調べが奏でられ、木管の牧歌的な響きが加わる、次にはまた音の噴火が待ち構えている。連綿と続く錦絵のような絢爛たる音の世界。聴いていて飽きるということがありませんでした。ドイツ的な重厚さ、力強さ、それに繊細で美しい表現力が、このオーケストラの魅力です。

 近年シャイーはマーラを取り上げていますが、この7番は、めったに演奏される機会のない曲だけに、貴重な公演でした。それだけではなく、おそらく、7番の最も優れた歴史的演奏ではなかったかと思います。こういう曲は、録音では聴けないと思いました。生でしか味わえない曲の一つです。


4.3  三島由紀夫 豊穣の海 第二巻 『奔馬』

『奔馬』は、飯沼勳(いさを)という十八歳の純粋無垢な少年の物語です。純粋な天皇陛下への忠義心から、天皇陛下のご政道を妨げる蔵原武介とい財閥のトップを殺害し、自刃するという話です。今日では、狂信的な右翼少年による狂気の殺人事件として退けられてしまうような話ですが、三島由紀夫にかかると、そう単純な話ではなくなります。

 時代背景としては、五一五事件と二二六事件の間で、二二六事件の三年前に起きた、神兵隊事件や埼玉挺身隊事件に重なります。

 飯沼勳は、明治初期に起きた神風連事件の影響を強く受けます。これと同じ精神で、政界および経済界の腐敗を一掃するため、クーデターを起こさせ、天皇親政による昭和維新を断行して世直しを行おうとします。勳は、そのための捨て石になろうという決意を固めます。憎くて殺すのではない、純粋な忠義心から、純粋な悪を取り除くのだというのです。

 飯沼勳の心情は次の言葉に要約されてます。

 「忠義とは、私には、自分の手が火傷するほど熱い飯を握って、ただ陛下に差し上げたい一心で握り飯を作って、御前に捧げることだと思います。その結果、もし陛下が御空腹でなく、すげなくお返しになったり、あるひは『こんな不味いものを食へるか』と仰言って、こちらの顔へ握り飯をぶつけられるようなことがあった場合も、顔に飯粒をつけたまま退下して、ありがたくただちに腹を切らねばなりません。又もし、陛下が御空腹であって、よろこんでその握り飯を召し上がっても、直ちに退って、ありがたく腹を切らねばなりません。何故なら、草莽の手を以って直に握った飯を、大御食として奉った罪は万死に値ひするからです」

 勳は、第一巻『春の雪』の清顕の書生をしていた飯沼茂之の息子です。茂之は「靖献塾」という国学の塾を開いています。

 裁判官になっている清顕の友人の本多繁邦は、ふとした偶然で飯沼勳に会います。清顕の別れの言葉「又、会ふぜ。きっと会ふ。瀧の下で」の通りに、滝に打たれている勳の左脇腹に、清顕と同じ三つの黒子をもつことに気が付きます。勳は十八歳で、十八年前に亡くなった清顕の輪廻転生による生まれ変わりだったのでした。本田はこの転生の奇蹟に触れることで、生き方を変えてゆきます。

 「飯沼少年には、清顕の美しさが欠けている代わりに、清顕に欠けていた雄々しさがあった。・・・・清顕の傲慢の代わりに、清顕の持たなかった素朴と剛毅があった。この二人は光と影のやうにちがっていたが、相補っている特性が、それぞれを若さの化身としている点では等しかった。」

 勳少年は、父親と、勳を愛する鬼頭槇子の密告により、暗殺未遂で監獄に入りますが、勳を救うため裁判官を辞め弁護士となった本田に助けられ、刑の執行を免れます。挫折した勲は母親に、「・・・そうだ、女に生まれ変わったらいいかもしれません。女なら、幻など追わんで生きられるでしょう。母さん」とつぶやきます。

 本田は、勳の出所祝いの夜、勳の寝言を聞きます。「ずっと南だ。ずっと暑い。・・・・南の国の薔薇の光のなかで。・・・・」

 そして勳は、初心を貫き、単独で蔵原武介を刺し、切腹して果てます。三島由紀夫の最後を予感させる場面です。

 勲の生まれ変わりが、南国の女であることを暗示してますが、これが第三巻の『暁の寺』へと続いていきます。

 『奔馬』を貫くのは、仏教と神道と法、すなわち輪廻転生と、天皇を神とする神道の日本精心、そして国家理性としての司法です。一口に言えば、天皇のために世の悪を取り除き切腹してその罪を償うが、死は輪廻転生による生まれ変わりに他ならないということになります。ほとんどの人は自分の理性を誇って、清顕や勳のような行動には至らないわけで、司法の支配する世界に生きていることになります。


4.15  三島由紀夫 豊穣の海 第三巻 『暁の寺』
             輪廻転生は存在する?

 面白いので二度続けて読みました。

 三島由紀夫は、本気で輪廻転生を信じていたのでしょうか。著者の遺書ともいえるこの四部作を縦に貫いているのが、輪廻転生です。

 昭和16年、四十七歳になった本田繁邦は高名な弁護士となり、ある係争事件でタイに赴きます。そこで、『春の雪』に登場したタイの王子の娘の月光姫(ジン・ジャン)に会います。月光姫は日本人の生まれ変わりであることを口走り、狂人扱いされています。本田は月光姫が、松枝清顕と飯沼勳の生まれ変わりであろうと直感します。『暁の寺』は、本田と月光姫を中心に物語が進みます。
 
  『暁の寺』の主要テーマの一つが輪廻転生です。まず、西洋におけるにおける輪廻転生の歴史を紹介します。インドで紀元前2世紀から2世紀のあいだに成立した「ヌマの法典」には、輪廻転生が明記されており、輪廻転生が信じられていただけでなく、社会規範の前提になっていたこということです。つまり、輪廻転生は洋の東西を問わず、普遍的な思想であったということです。さらに、仏教の唯識に立ち入り、仏教における輪廻転生の根拠を解き明かします。このあたりは、小説というよりは、思想史のようでもあります。

 仏教では、自我を滅することを教え、霊魂を否定します。ならば、輪廻転生の主体は何でしょうか。仏教は当初からこの矛盾に直面し、小乗仏教ではこの問題を解決できませんでした。この難問を解決したのが、大乗仏教の唯識でした。『暁の寺』では、難解な唯識論が、三島由紀夫の筆をとおして述べられます。

 われわれは、六識、すなわち眼、耳、鼻、舌、身、意の六感を以って暮らしています。唯識はさらに第七識たる末那識、すなわち自我、を立てます。そしてさらにその先に、究極の識である阿頼耶識というものを想定します。広辞苑によれば、阿頼耶識とは、「人間存在の根底となる意識の流れ。経験を蓄積して個性を形成し、またすべての心的活動のよりどころとなる」とあります。

 仏教では、色即是空で一切は無とされます。 生き物は、まわりの世界を「末那識(自我)が認識する以上、世界は現象としての影にすぎず、認識に他ならないから、世界は無であり、世界は存在しない」ということになります。

 「しかし世界は存在しなければならないのだ!」

 では、世界を存在せしめているものは何でしょうか。それが阿頼耶識です。

 「一切のものは阿頼耶識によって存し、阿頼耶識があるから一切のものはあるのだ。もし、阿頼耶識を滅すれば?「しかし世界は存在しなければならないのだ!」従って、阿頼耶識は滅びることがない。流れのように、一瞬一瞬の水はことなる水ながら、不断に奔逸し激動しているのである。世界を存在せしめるために、かくして阿頼耶識は永遠に流れている。」

 輪廻転生の主体こそこの阿頼耶識です。

 タイでの訴訟に勝訴した本田は、インド旅行をします。ベナレスを訪れた本田は、そこでの強烈な体験をします。

 「ここ(バナレス)には悲しみはなかった。無情とみえるものはみな喜悦だった。輪廻転生は信じられているだけではなく、田の水が稲をはぐくみ、果実が実を結ぶのと等しい、つねに目前にくりかへされる自然の事象にすぎなかった。」 ベナレスで人間の「究極のものを見た」本田は、「インド人はそれを(輪廻転生)を知っているのではあるまいか」と感じます。

 「地球の自転といふ事実が、決して五感ではそれと知られず、科学的理性を媒介として辛うじて認識されるやうに、輪廻転生も亦、日常の感覚や知性だけではつかまえられず、何かたしかな、きはめて正確で体系的でもあり直観的でもあるやうな、さふいふ超理性を以っていしてはじめて認識されるのではなかろうか。」

 タイとインドから帰った後の本多は、生き方が変わっていきます。弁護士として成功し、莫大な資産を得た本田は、今までの理性から、快楽を追求する生き方に変化して行きます。快楽といっても、普通の成功した男が求めるような世間一般の快楽でないところが、三島由紀夫の真骨頂といえます。

 月光姫は留学のために日本にやってきます。月光姫は美しい肉体の持ち主です。

 大金持ちになった本田は、御殿場に広大な敷地を得て、プール付きの別荘を立てます。この目的は、美しい肉体を持つ月光姫の、人に見られることを全く意識してない裸の姿を見るためでした。そのために、ゲストルームと書斎の間の壁に、秘密の覗き穴を設けます。

 この覗きは、本田の快楽であり、公園の覗き屋にまで発展していきます。

 本田は、別荘の隣人たちや知人たちを招いて、別荘のプール開きを催します。その夜、本田は隣人の五十歳の美貌の女傑、久松慶子と月光姫の同性愛の現場を覗き見します。月光姫の左腋下に三つの黒子を見た本田は、月光姫が松枝清顕と飯沼勳飯沼の輪廻転生であったことを確信します。

 その夜に別荘は、そこに泊まった別の一組の男女の寝たばこで失火し炎上します。睡眠薬で眠りこんだその男女は焼死します。本田は、男と女とともに焼け落ちる別荘を見ながら、インドのベナレスを思い起こします。本田の堕落の一つの結末を象徴する出来事です。


5.1  三島由紀夫 時を止めた男
         豊穣の海 第四巻 『天人五衰』

『天人五衰』は、四巻を通しての主人公である老いた本田繁邦と、友人の慶子、そして若い透の物語です。

 本田は覗き屋の老爺に、慶子は同性愛の老婆になって、生きながらえています。本田は、ふとしたきっかけで知り合った透を、腋下の三つの黒子を確証として、月光姫(ジン・ジャン)の輪廻転生であろうと信じます。そして透には、松枝清顕や飯沼勳やジン・ジャンのような運命を辿らせないために、養子にして教育します。

 透は最初は大人しく、本田の期待通りに勉学に励み、大学に入学しますが、当初から心に持っていた本田への憎しみを表面に表すようになり、老人虐待が始まります。次第に強まる虐待に本田は耐えながら、透も二十歳になれば死ぬかもしれないのだからと、矛盾した淡い期待を抱きながら日々を送ります。

 ある日、透が本田の大切にしていた百日紅の木を切り倒してしまったことに打ちのめされ、その屈辱と鬱屈した気持から生じた色情が、かつて常習した覗きへと本田を誘います。その夜、本田は神宮外苑の公園に出かけ、覗きをします。ところが、目の前で起きた偶然の殺人未遂事件に巻き込まれ、その犯人と間違えられて捕まり、元裁判官の覗き屋スキャンダルが週刊誌に暴かれてしまします。

 一方、当初から透に疑いを持ち、透の正体を見抜いている慶子は、本田がなぜ透を養子にしたのか、慶子と本田だけが知っているその秘密を透に話します。

 「松枝清顕は思いもかけなかった恋の感情につかまえられ、飯沼勳は使命に、ジン・ジャンは肉につかまれていました。あなたは一体何につかまれていたの?自分は人とはちがふという、何の根拠もない認識だけにでしょう?
 外から人をつかんで、むりやり人を引きずり廻すものが運命だとすれば、、清顕さんも、勳さんも、ジン・ジャンも運命を持っていたわ。では、あなたを外からつかんだものは何?それは私たちだったのよ。・・・・
・・・・私たちみたいなものを運命と呼ぶことを、あなたの誇りが許すでしょうか。・・・覗き屋の老爺と同性愛の老婆とを。」

 この話に自尊心を深く傷つけられた透は、メチルアルコールを飲んで自殺を企てます。命は取り留めたものの失明してしまします。

 その後の透は、透が唯一心を開いていた天稟の醜い狂女である絹江と暮らします。透は絹江との結婚を望み、やがて絹江は懐妊します。

 本田は体調を崩し膵臓腫瘍と診断されます。この発病、覗きの醜聞、透の自殺未遂と失明、絹江の懐妊とが、遂に本田を月修寺の門跡を訪ねる決意を促します。

 本田が、息も絶え絶えに、月修寺の参道を登る場面は、第一巻『春の雪』で、病身の清顕が月修寺で出家した聡子に会いに行く場面を彷彿とさせます。

 この結末が、謎めいています。かつての聡子である門跡は、

「えろう面白いお話しやすけど、松枝さんといふ方は、ぞんじませんな。その松枝さんのお相手のお方さんは、何やらお人違いでっしゃろ。何やら本田さんが、あるように思うてあらしゃって、実ははじめからどこにもをられなんだ、といふことではありませんか?」

 本田は動転します。「それなら、勳もいまかったことになる。ジン・ジャンもいなかったことになる・・・・その上、ひょっとしたら、この私ですらも・・・」 門跡は答えます、「それも心々ですさかい」

 記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本田は思った。

 ここで、『豊穣の海』全四巻は終了します。

 何とも謎めいた終わり方です。仏教の教えるところの、一切は空であるということなのでしょうか。

 この『天人五衰』は、三島由紀夫の死を考える一つのヒントが隠されているような気がします。

 「あらゆる老人は、からからに枯渇して死ぬ。ゆたかな血が、ゆたかな酩酊を、本人には全く無意識のうちに、湧き立たせていたすばらしい時期に、時を止めることを怠ったその報いに。」
「何といふ能力、何といふ詩、何といふ至福だろう。登りつめた山嶺の日雪の輝きが目に触れたとたんに、その時を止めてしまうことができるとは!」
「ああ、肉の永遠の美しさ!それこそは時間を止めることのできる人間の特権だ。」
「・・・・詩もなく、至福もなしに!これがもっとも大切だ。生きることの秘訣はそこにしかないことを俺は知っている。」

 松枝清顕も飯沼勳もジン・ジャンも、最も輝く時期に時を止めました。一方、本田や慶子や透は、生きる秘訣を知っていた故に、詩もなく、至福もなく、老いてからからに枯渇して死ぬのです。

 人生の絶頂で時間を止めるか、それとも醜く老いて生きぬくか?私のような凡人には、後者の選択肢しかないことは明らかです。

 そういえば、モーツァルトもシューベルトも、人生の絶頂で時を止めました。三島由紀夫も、そうあろうとして時を止めたのではないでしょうか。そのためには、あのような滑稽とも思える儀式が必要であったのかもしれません。


 

5.18  庭がときめく季節

 朝晩は4℃とまだ冷えますが、日中はようやく20℃を越えるようになり、庭の植物たちもぐんぐん成長するようになりました。チューリップが終わりだし、ゲラニュウムやオダマキなどが咲き始めました。春先から咲いているビオラは大株に成長し、最近咲きはじめた忘れな草と競うように、目を楽しませてくれています。バラも蕾を付け始めました。これからが、ガーデニングの最盛期です。

 今年からある物を止めようと思っています。食事で言うと、健康食品やサプリメントのようなもの。園芸雑誌などの広告に乗せられて、今までに、鉛筆の固さの表示のような名前の植物活性剤、あのHB***というものや、玄米アミノ酸というようなものを試してきましたが、未だに効果があったのかどうか、疑問を持ち続けています。

 よくよく考えてみれば、植物活性剤というものは、人間の場合に例えれば、テレビの宣伝で姦しい、グルコサミン、コンドロイチン、万田酵素、青汁、ブルーベリーの類でしょう。効果がないとは言いませんが、バランスのよい食事をし、酒タバコを控え、適度な運動をし、規則正しい生活をしていれば、そのようなサプリメントや健康食品の類は用をなさないはずです。不健康な人や、不健康な生活習慣の人が、お金に物を言わせて、何とか健康に近づこうとする、虚しい努力のように思われます。百歩譲って、テレビの宣伝の通りに効果があるとしましょう。そうであれば、サプリメントに頼る人は、一生それを飲み続けなければならないことになります。どうも胡散臭い話です。高価なサプリメントを買うくらいなら、そのお金で、お美味しいものを食べたほうが体のためであるというのが、私の持論です。

 というわけで、今まで二種類の植物活性剤、HB101というのと、玄米アミノ酸溶液というのを、千倍に薄めて植物の葉に散布してきましたが、今年からは止めようと思っています。植物も人間と同じで、土づくりをきちんとやり、肥料をしっかり与えれば、サプリメントの類は無用のはずです。千倍に薄めた溶液を破面散布するだけで、葉が青々と元気になり、花が美しく咲き、トマトは甘くなるなんて、どうも胡散臭いとは思いませんか。

 この手のものを売り続けるコツは、間断なく宣伝をし続けること、有名人を登場させ効果があったと言わせること、ユーザを幾人も登場させ使ってよかったと満面の笑みで語らせることにあるようです。このような宣伝文句には要注意です。


5.27 『オルフェオとエウリディーチェ』

 5月25日のBSプレミアムシアターで放送されたグルックのオペラ『オルフェオとエウリディーチェ』を見ました。

 アウリディーチェの死の場面から始まります。悲しみに暮れるオルフェオは、愛の神の助けを借りて、黄泉の国へアウリディーチェを連れ戻しに行きます。決して、アウリディーチェを見てはならないという条件を付けられます。

 オルフェオに会ったアウリディーチェは、我がままで、自分勝手で、疑り深い態度をとり続けます。これに耐えかねて、遂にオルフェオはアウリディーチェの姿を見て、抱き合います。この瞬間に、アウリディーチェは再び死んでしまいます。悲劇的運命に嘆き悲しむオルフェオは首を吊って死のうとしますが、その瞬間に愛の神によって助けられ、アウリディーチェも生き返ります。

 このまま終われば、ハッピーエンドの少女雑誌にあるような安っぽいメロドラマでしかありません。

 幸せに酔いしれるアウリディーチェをあとに残し、オルフェオは一人去っていくところでオペラは終わります。アウリディーチェは美しいだけで、最初は男を魅了しますが、疑り深く、利己的で、我儘な本当の姿を知ってしまったオルフェオは、彼女を捨てて去っていくのです。このクライマックスの演出が、このオペラに見る価値を与えていると言えるでしょう。

 劇場ではなく、映像用に演出した作品ですが、古典的な舞台と、鬘を被った当時のオーケストラの再現が、このオペラの味わいを一層魅力的なものにしています。


歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」 (全3幕)(グルック)~1762年ウィーン版による~
<出 演>
オルフェオ: ベジュン・メータ
エウリディーチェ: エヴァ・リーバウ
アモーレ: レグラ・ミューレマン

<合 唱>コレギウム・ヴォカーレ1704
<管弦楽>コレギウム1704
<指 揮>ヴァーツラフ・ルークス
<振 付>アンドレア・ミルトネロヴァ
<演 出>オンドジェイ・ハヴェルカ
<翻 訳>森口 いずみ
<字 幕>三井 章子
収録:2013年9、10月 チェスキー・クルムロフ城内バロック劇場(チェコ)


6.9  大木和音チェンバロ・コンサート

 去る5月25日、富士見町の花場という地区にある、「花場の小さな音楽舎」という小さな音楽ホールで、チェンバロ奏者の大木和音さんのコンサートがありました。「花場の小さな音楽舎」は、故大橋さんが20年近く前に建てた音楽ホールで、ミニコンサートや音楽の合宿などに使われてきました。大橋さんが亡くなられて6年経ち、その記念として開かれたコンサートでした。

 主催したのは、調律師で古楽器の収集と修復などもしている狩野真さんです。以前に狩野さんがプロジュースして、大木和音さんのCDを出していました。『ため息の風景』という題名を付けられたこのCDは、全てジャン・フィリップ・ラモーのクラブサン(チェンバロ)曲集から成り立っています。

 このCDを狩野さんから購入して聴いたときには、今までに聴いたこともないほどの豊かで深い音色に驚愕しました。こんなチェンバロの音は聴いたことがないというのが率直な第一印象でした。ピアノのような、幅の広い表現力を持っています。それは、この演奏に用いられた楽器によるところが大きいようです。狩野さんに言わせると、これが本当のチェンバロの音であるということです。

 使用されている楽器は、1770年にリオンで製作された「クリスチャン・クロール」という名のチェンバロの名器を、オリビエ・ファアディーニという現代の製作者が忠実に複製したものです。

 この楽器を用いたコンサートが、大木和音さんの演奏で「小さな花場の音楽舎」で開かれました。チェンバロに相応しい、高原の居心地の良いこじんまりとしたホールで、CDと同じラモーを中心としたプラグラムを心から楽しむことが出来ました。チェンバロの音色はCDで聴いていて、ある程度は予想できましたが、目の前で聴く生の音は、いっそう鮮明で柔らかく芳醇な響きでした。決して、親しみのある曲ではありませんでしたが、類まれな優れた楽器の生の演奏にすっかり魅了されてしまいました。

 演奏者の大木和音さんは、CDの写真からは近寄りがたいほど美人に撮られていましたが、ご本人は親しみのある暖かい人柄の方で、それが演奏からも感じられ、心が豊かになる演奏会でした。

 音楽の解釈も、テクニックも素晴らしく、深い音楽性が心に響く演奏でした。チェンバロの優れた演奏を飛び切りの楽器で聴くことができた、得難い演奏会でした。


6.22  四阿山、根子岳登山

 去る5月25日、富士見町の花場という地区にあ6月は庭が奇跡の時を迎える季節です。多くの宿根草が一斉に咲きはじめます。6月中旬になると、バラも咲きはじめ、庭は一層華やかになります。

 この季節は庭や畑の作業に忙しく、戸外で過ごすことが多くなり、また、外の方が気持ちよいため、室内で音楽を聴くことはしばらくお休みです。音楽会シーズンは秋から春にかけてで、夏になるとコンサートが休みになるのも尤もだと思います。モーツァルトの時代も、夏になると貴族たちは皆田舎に出かけてしまい、ウィーンで音楽会を開くことはできませんでした。

 梅雨の合間を狙って、長野県と群馬県の堺にある四阿山(あずまやさん)と隣の根子岳に登ってきました。登り3時間、下り3時間の行程です。

 今は丁度レンゲツツジが満開をむかえています。長野県にはレンゲツツジの名所は少なくありませんが、ここは登山者にしか知られていない、隠れたレンゲツツジの名所です。広大な白樺林のなかに、朱色のレンゲツツジが群生している様は圧巻です。新緑の緑と朱色の花のコントラストが、目に鮮やかです。登山道の周辺は一面のレンゲツツジですから、飽きることがありません。根子岳の下りには、広大な菅平牧場のなかに群生するレンゲツツジを見下ろすことができます。

 登山は菅平牧場から出発です。牛を見ながら牧場の脇を進み、すぐに一面の白樺林に入ります。新緑の白樺林のなかにいたるところ、レンゲツツジが咲いています。この見事さには、思わず歓声をあげることでしょう。白樺の中を2時間ほど登ると、見晴らしの利く尾根にでます。眼下には菅平が、左手には根子岳が見えてきます。菅平はレタスの産地で、レタス畑の白いマルチが一面に広がっています。


根子岳

 低い山にしては尾根筋の樹木が低く、所々岩などもあって、高山の雰囲気も感じられる、とても気持ちの良い道です。四阿山の頂上には小さな祠があります。四阿山から急坂を下り、気持ちの良い笹の原を一登りすると根子岳山頂に達します。根子岳からは、登山口の菅平牧場まで一直線の下りとなります。途中からはレンゲツツジの群落がはじまり、辛い下りも慰められます。菅平牧場に着けば、売店で美味しいソフトクリームが待っています。

 6月下旬の四阿山と根子岳は、ちょっと他にはないくらいの気持ちの良い登山です。山好きの人にはお勧めします。因みに、四阿山は深田久弥の百名山に入っています。

6.28  バラのモーツァルト

 モーツァルトといっても、あの敬愛するW.A.モーツァルトではありません。バラのモーツァルトです。

 今までシンデレラというモダンローズのツルバラを植えていたところに、近くの姫野バラ園で長尺苗を買ってきて植え替えました。シンデレラは薄いピンクの上品な花でしたが、花弁が薄く枚数が多いためか、雨に打たれると花が痛んでしまい咲いてくれません。信州の高原では、バラの咲く時期と梅雨とが重なります。雨に弱いバラは適しません。雨を考慮せずに花だけでバラを植えると、時として痛い目にあいます。

 さて、このモーツァルト、最初はピンクの色合いが濃く、私の庭には合わなかったかなと、少しばかり後悔しました。でも、モーツァルト愛好家としては、その名前を冠したこのバラを育てないわけにはいきません。不思議なもので、植え付けてから日日が経ち目に慣れてくると、次第に違和感が無くなってきます。やはり人間と同じで植物も、新入りがその場に溶け込むようになるには時間が必要なようです。おとなしくシックだった庭に、このバラがよいアクセントを与えてくれています。

 バラのモーツァルトは、濃いピンクで、中心が白の小輪の花が房咲きでびっしりと咲きます。華やかな、軽やかな、少しおどけたところのある、かわいらしい花です。少年期の神童モーツァルトをイメージした命名ではないかと想像します。少なくとも、『フィガロ』を書くようになってからの大人のモーツァルトではなさそうです。でも依然としてこの花の雰囲気は残っているようです。

 バラのモーツァルトを見ていると、モーツァルトのピアノソナタの一節が思わず浮かんできました。確かに、モーツァルトの優美で軽快な曲の雰囲気を漂わすバラです。

 モーツァルトの詳細
 1937年、ドイツでLambertによって作出され、品種の親はRobin Hood X Rote Pharisaerです。特徴は、花付きよく、強健で育てやすく、房咲きの人気品種とあります。秋には赤い実が楽しめるとのことで、モーツァルとのローズヒップティーを飲みながらモーツァルトを聴くなんて、ちょっと洒落てますね。

7.3  モーツァルト後日談

 バラのモーツァルトは少しピンクの色が強すぎました。我が家の庭の中央にはどうしても合わないようです。植えてから少し目は慣れましたが、やはりすっきりとしません。そこで庭の後方の緑の中へ移すことを決断しました。

 再び近くにある姫野バラ園へ行き、店員さんに相談して、ノワゼットというオールドローズのセリーヌ・フォレストリという上品なバラを購入しました。3年生の大株を、今年の大雪で枝がやられたということで、格安で入手することができました。3m位の高さまで伸びる品種です。

 さっそく帰って、モーツァルトを引っこ抜き、後方に移し変えてから、その穴に買ってきたセリーヌ・フォレストリを放り込みました。写真のように、我が家の庭のなかにすんなりと収まっています。

 バラは自己主張が強烈なだけに、色の濃いバラは扱いがとても難しいということを思い知らされました。

7.15  バラそして「菊と刀」

 我が家の庭ではバラが咲いています。でも、バラ園のように見事には咲いてくれません。大抵、蕾の内に虫にやられてしまい、無傷で咲いてくれるのはほんのわずかです。そしてせっかく咲いても、本当に美しいのはほんの一瞬で、花はすぐ開ききってだらしのない姿をさらけだし、ついには枯れた花弁がまとわりついた醜い花柄を残すことになります。なにか人間の老いの姿を連想させずにはおかないようです。

 桜ははかなさの象徴ですが、バラも桜に劣らずはかない花だと思います。ただし、はかなさの感じは桜とバラとでは全く異なり、桜は人間のはかなさであり、バラは美貌のはかなさではないでしょうか。美人薄命はバラにこそふさわしい言葉のようです。そういえば、どちらもバラ科に属する植物です。

 バラとは全く関係のない話ですが、国会で集団的自衛権の審議が始まりました。国会中継を少し見ましたが、核心を着くような議論が少なく、安倍首相の答弁も、どこかはぐらかしているような、何か本心を隠しているような、誠実さが見えてこないような感じがして、だんだんと眠くなってきて昼寝をしてしまいました。国民が昼寝をしている間に、集団的自衛権が遂に日の目を見るようになるのでしょう。

 集団的自衛権については、国民の間でも賛否が拮抗しているようです。反対派が少し多いのかもしれません。私も色々と考えながら、三島由紀夫の『文化防衛論』を思い起こしました。

 彼曰く、「守る」とはつねに剣の原理である。言論で言論を守ろうという企図は必ず失敗する・・・・、自己を守のにすら自己放棄が必須になる。・・・・平和を守にはつねに暴力の用意が必要であり、・・・・

 ここまでは大方の賛同を得るのではないでしょうか。その証拠に、実質的に軍隊である自衛隊をほとんどの人は認めています。

 彼曰く、「平和を守る」という行為と方法が、すべて平和的でなければならぬという考えは、一般的な文化主義的妄信であり、戦後の日本を風靡している女性的没論理の一種である。

 この辺りになると、反発を感じる人が出てくると思います。

 さらに彼曰く、平和憲法を守ることが、・・・、感情的平和主義者、日和見主義者、あらゆる戦いの放棄による自己保全を夢見るマイ・ホーム主義者、戦争に対する生理的嫌悪に固執する婦人層などの、自己保全派の支持層に広汎に支えられている・・・と。

 ここまで来ると、反発の方が多くなるのではないでしょうか。

 三島由紀夫は、『文化防衛論』の冒頭で、日本文化とは何かという問いかけの中で、戦後の占領政策に従って、「菊と刀」の永遠の連環が断ち切られたことをなげいています。

 彼曰く、現代では「菊と刀」の「刀」が絶たれた結果、日本文化の特質の一つでもある、際限もないエモーショナルなだらしなさが現れており、戦時中は「菊」が絶たれた結果、別の方向に欺瞞と偽善が生じたのであった。・・・・

 今日の集団的自衛権を考えてみると、この辺りでもう一度、過去の大東亜戦争で失った「菊と刀」を思い起こすよい機会かもしれません。

8.3 庭友達

 ホームページの更新も夏休みに入ったのか、ペースが落ちてきました。二人の孫が我が家に滞在中で、毎日、混乱と、乱雑と、賑やかな物音に満ちています。幼い子供たちの可愛らしさが、すべてを受け入れる寛容さをかろうじて保持させてくれています。孫は、「来てよし、帰ってよし」です。

 我が家の庭は、夏の花々が咲き乱れています。時たま訪れるお客さんが、庭を見てくれることが楽しみです。庭をやっていると、一等美しくなっているときに限って、誰も見に来る人がいずに、はがゆい思いをします。なかなか思うようにはいきません。

 先日は、八ヶ岳山麓の別荘地に住んでいる夫婦が、庭を見に来てくれました。そのお宅は、山の中の四百坪くらいの敷地に、端正を込めて作り上げ、手入れの行き届いた美しい庭を持っておられます。その庭を拝見しに伺ったお返しとして、今回は我が家の庭を見に来てくださいました。同じ趣味を持つ同志、共通の話題に花が咲きました。他人の庭を見ることほど、刺激になるものはありません。欲しい植物があると、株分けしたりして交換し合うのも、には友達の楽しみです。

8.10 大新聞の誤報問題

 朝日新聞が誤報をようやく認めました。吉田清治という人の「済州島で200人の若い朝鮮人女性を『狩り出した』」とする嘘の証言を、裏を取ることなく正しいものとして報道しました。その結果、あのうんざりする従軍慰安婦問題に火をたきつける原因の一つを作り出したのでした。日本の国益を損し、国際関係をぎくしゃくさせた、大新聞社の責任は重大だと言わざるをえません。

 朝日新聞のような影響力の大きな新聞は、世論に与える効果は甚大ですから、誤報があったとしたら、その罪悪は他の民間企業の不祥事などに比べて深刻です。今回の訂正記事くらいで済まされる問題ではないでしょう。ベネッセの個人情報漏えいや、時々起る食品の偽装問題の方が、これに比べれば遥かに罪は軽いように思われます。

 「報道の自由」が与えられているということは、それに見合う責任が伴わなければなりません。今後の朝日新聞の動向を見守り、自己保身に終わるようならば、付き合い方を変えなければならないでしょう。

 私も若いころは、さしたる見識も持ちえず、理解力も判断力も乏しく、マスコミの影響をそのまま受けていました。マスコミの報道に対して一歩距離を置き、自分なりに考えて意見を持てるようになったのは最近のことです。会社を定年退職し、少し世の中から距離を置いて、個人の利害に囚われずに、以前より広く物事を考えるようになってからのことです。

8.19  シャィー/ゲヴァントハウスのブラームス

 近くに住む友人からリッカルド・シャイー指揮、ゲヴァントハウス管弦楽団のブラームス交響曲全集を借りました。第一番を聴いたときは、少し物足りなく、小澤征爾のサイトウキネンの演奏の方がいいと思いました。これは、熱気のあるなかなかいい演奏です。

 ところが、第四番を聴き、シャイー/ゲヴァントハウスの演奏の凄さがやっと分かりました。

 ブラームスほど、内面の苦悩をあからさまに正直に、表に出した作曲家はいないのではないでしょうか。シャイー/ゲヴァントハウスの演奏は、ブラームスの内面を見事に表現しえたと思います。

 一例として、全四曲の最後の、第四番の第四楽章を、手持ちのCDで比較してみました。ベーム/ウィーンフィル、ラトル/ベルリンフィルそれと小澤征爾/サイトウキネンです。

 ブラームスの苦悩と不安、内面に抱えた人間の煩悩や情念というものが、第四番の第四楽章には凝縮されていると思います。シャイー/ゲヴァントハウスの演奏は、情緒的になることなく、かといって抑制され過ぎずに、適度の節度を持ってブラームスの内面をうまく表現することに成功しているようです。持ち前の重厚な響きが加わって、最高の演奏になっています。

 ベーム/ウィーンフィルは模範的な名演です。ブラームスの苦悩と不安そして安らぎが、ベームの端正な指揮とウィーンフィルの美しい響きから自然と伝わってきます。情感が自ずから滲み出てくる素晴らしい演奏です。

 これらに対して、ラトル/ベルリンフィルの演奏は、とにかく最高に美しいブラームスです。磨き抜かれ豊かで美しいオーケストラの響きは第一等です。ただ惜しむらくはわずかに深みにかけ、ブラームスの内奥まで到達していない感じがすることです。どうしても表面を滑っている印象を拭えません。

 最後に小澤征爾/サイトウキネンの演奏ですが、美しさの点では引けをとらないのですが、重量感には欠けます。ブラームスの内面に深く切り込むことなく終わっている印象です。同じ演奏による、ブラームスの第一番が名演であっただけに、残念な気がします。

 ブラームスの第四番は、簡潔な曲です。フィナーレもコーダで盛り上げて劇的に終わるのではなく、あっさりとした終わり方をします。それだけに、静かにいつまでも心に残る曲です。


8.29  太陽光発電は必ずしも環境に優しくない

 我が家には太陽電池パネルを屋根に設置しています。もう10年近く経ちます。パネルはまだ高価でしたが、国の補助金を助けにして設置しました。今まで順調に稼働し、多少なりとも二酸化炭素排出の削減に役立っているかと思うと、悪い気持ちはしません。

 ところで、太陽光発電に賛成ですかと聞かれたら?ほとんどの人は、「賛成」と答えるでしょう。環境に良いからです。では、あなたの家のすぐ隣に、大規模な太陽光発電所(メガソーラ)が出来るとしたら、「賛成」ですか、「反対」ですか。意見は分かれるでしょう。おそらく、大方の人は「反対」するでしょう。

 我が家のすぐ近くには、三菱マテリアルが所有する広大な野原があります。秋には一面のススキの原になり、所々には木立もあって、狐や雉などの野生動物も生息しています。この野原の周囲を散歩したり、ジョギングしながら、この原っぱがいつまでもこのままであればいいなと、思っていました。原っぱの正面には、八ヶ岳の峰々が広がっています。

 ついに、この原っぱが無くなるときが来ました。民間企業の所有地ですから、誰も文句を言えません。とりわけ、これがメガソーラであったら。美しい自然の風景と、豊かな住環境は失われても、周辺に公害をもたらすわけではないからです。

 これからは、メガソーラの設置に当たっては、なにがしかの規制が必要になると考えます。あの無機的で、武骨で、殺風景で、美的要素のまるでないパネルの広がりは、生活空間とはなじみません。

 豊かな緑を無くしてまでメガソーラを建設することは、原子力発電に依存しないことには寄与しますが、トータルで考えて、本当に環境に優しいかというと、必ずしもそうとは言えないのではないでしょうか。休耕田などを、メガソーラに活用する話も出ていますが、作物を作ることと、なにがしかの電気を起こすこととの利害得失を、慎重にも慎重に検討すべきです。

 八ヶ岳の山麓では、広大な林を伐採して、メガソーの建設が進められている所があります。これでは明らかな環境破壊でしょう。こういうことをやる企業は、反社会的と言われても仕方ないでよう。この様な暴挙がこれ以上進まないように、一部の企業の暴走に歯止めをかけるような施策が、いま求められていると思います。

 

9.8  エーデルワイスが咲きました  

 昨年スイスのツェルマットで買ってきたエーデルワイスの種を、今年の5月に蒔きました。すぐ発芽しましたが、種が小さければ芽も小さく、ピンセットで摘まみあげてポットで大切に育てました。その甲斐があって、夏にはようやく株に育ってきました。

 信州の1000m近い当地でも、夏の直射日光には萎れてきます。鉢植えは日陰に移し、地植えのものは、半日日陰に植えつけました。庭のどの場所に育つのかわからないので、南側と北側の数か所に植えました。

 今年は咲かないと思っていましたが、8月になると、鉢植えの一株と、地植えの一株から花の茎が立ち上がり、8月の終わりに開花してくれました。

 アルプスの山中でエーデルワイスを見つけた時は感激しましたが、その時の興奮が我が家でも再現されました。白い産毛に覆われたこの花は、気品があります。全ての株で無事夏越しが出来たので、来年には多くの花が期待できるでしょう。

9.17  我が家にハクビシンが侵入

 一週間ほど前に、庭に小動物が現れ、ベランダの下に逃げ込みました。それから二三日して、庭にまた現れました。庭のあちこちをうろつき、地面を突くようにして何かを食べています。人間に慣れているのか、近づいても逃げません。顔の額から鼻にかけて白い筋があるので、ハクビシンであることがわかりました。

 最初のうちは物珍しさも手伝い、家内と見守っていましたが、余に馴れ馴れしく、このまま家に居ついたら大変なことになると、急に心配になりました。屋根裏などに棲みつき、糞尿や物音で被害を被ったという話を思い出したからです。せっかく実ったトウモロコシを、ハクビシンにすっかり食べられたという人もいました。

 害のない動物ならば可愛いのですが、心を鬼にして少し痛い目に合わせてやろうと、棒切れで背中を叩いてやったら、「ぐわ!」というような悲鳴をあげて逃げて行きました。

 それ以来、姿を現しません。ほっとしています。

 P.S
 
9月19日、家のすぐ近くで初めてイノシシを目撃しました。サルやシカやカモシカやキツネは見かけましたが、イノシシは初めてです。イノシシにカボチャをやられたという話を聞きましたので、ガレージに転がしておいたカボチャを、物置に入れることにしました。

 今までに、我が家の庭ではカモシカとキツネを見ました。

9.26  奥州街道

 9月28日から9月30日まで、二泊三日で奥州街道を宇都宮宿から白河宿まで歩いてきます。これで、五街道を全て歩くことになり

10.5  奥州街道を歩いてきました

 とりあえず写真「奥州街道の写真」をアップしました。説明が入っているので、奥州街道の概略が分かると思います。旅行記『奥州街道てくてくある記』はこれからまとめます。

 奥州街道は他の五街道に比べると地味ですが、その反面、旅らしい旅を実感できます。東京、京都、日光といった日本の中心部ではなく、北の果てに向かって歩いているということが、心にしみる旅情をかんじさせるのでしょう。東北の旅は、静かに心に残るものがあります。これが東北の味わいなのでしょう。
 

10.7  奥州街道てくてくある記をアップしました

奥州街道てくてくある記

p.s この記事を書いている最中に、日本人ノーベル賞のニュースが飛び込んできました。うれしいことです。興奮します。特に、中村修二さんは、私も半導体の開発をしていましたから、以前から注目していました。遂にもらったかという思いです。社会的インパクトが絶大でしたから、驚くにはあたりません。中村修二さんは日本人離れした個性の強さを持った人だと思います。


10.8  私のidolだった中村修二

 私も半導体の開発者の端くれとして、華々しい成果を上げた中村修二氏は、idolのような存在でした。私のやりたかったけれども出来なかったことを、見事にやってのけたidolでした。

 あの厳つい顔つき、社会への不満を爆発させる話ぶり、会社を相手取っ手の訴訟などには、反感を持つ人もいるでしょうけれど、それは、彼の逆境がそうさせたのであったのでしょう。むしろそれをバネにして、あの大発明をやってのけたわけです。

 半導体で華々しい成果を上げ、学会誌や専門誌に登場する研究者たちは、大抵が、一流大学の著名な研究室の出身者で、大企業で働く人たちでした。その中にあって、一地方大学を出て、一地方企業で働く一技術者が、誰もが夢見るような成果を上げたわけです。だからこそ彼は、私のidolだったのです。

 彼は絶えず会社の待遇に対して不満を爆発させていました。こんな彼の言動に、私は密かに溜飲が下がる思いをしたものです。このような点からも彼は私のidolでした。

 それにしても、彼がノーベル賞を取ってしまったので、日亜化学は損をしてしまいました。本来なら、ノーベル賞を出した会社として、テレビなどにも真っ先に紹介され、一躍有名になる所でしたのに。逃がした魚は大きすぎたということです。

10.19  甲武信岳

 昨日、天気予報がよかったので、奥秩父の甲武信岳に登ってきました。しかし、山の天気は今一つで、山上では雲が多く、日が射さないので寒い一日でした。眺望も遠くの山は雲に霞み、山頂から遠くの山を眺めながら、持参した昼食を食べる楽しみは半減しました。その上寒いので、早々に頂上を退散してしまいました。

 紅葉は中腹が盛りでしたが、針葉樹多いため色づく木々が少なく、期待外れでしたが、それでも所々に楓の美しい紅葉を見ることが出来ました。午後の日を浴びた唐松の黄葉も、たっぷりと楽しむことができました。

 登ったコースは、信州側の川上村からで、登山口のある木毛平から千曲川の源流を辿るコースです。ゆっくり歩いて、登り4時間半、下り3時間半かかりました。

 やはり見どころは千曲川の源流で、ここから千曲川、すなわち日本一長い信濃川の、まさにここから流れが始まるというその地点を見ることが出来ます。湧き水が細い流れとなり、次第に沢の水を集めて水量を増し、流れの速度を速め、滝を作り、激流となって渓谷を成していきます。この様子を絶えず眺めながら歩けるのが、このコースの魅力でしょう。

 甲武信岳は46年振りです。、大学時代に先輩と後輩とで登って以来です。西沢渓谷からのコースでしたが、紅葉が見事でした。途中で日が暮れて、真っ暗な中を歩き、やっとのことで小屋にたどり着いたのを懐かしく思い出しました。

10.25  干し柿の季節

 今年も毎年恒例となった干し柿作りの季節になりました。知り合いから澁柿を頂き、三日かかって325個の柿の皮をむき、二階のベランダの庇の下に吊るしました。秋の日を浴びて輝く干し柿は、ほのぼのとした生活の豊かさを感じさせてくれます。

 1か月もすると甘くなり始めます。まだ渋みが残っているうちから、待ちきれずに食べ始めてしまいます。私も家内も干し柿が大好物で、325個もあっても、2ヶ月ほどで食べつくされます。他のものはいざ知らず、干し柿だけは、人にあげるのが惜しくなります。

我が家の裏にも柿の木があり、今年から本格的に生り始めました。40個ほど実を付けています。もう少し赤くなるのを待って収穫し、これも干し柿にします。合わせて365個の干し柿ができます。

 

10.28  棒道を歩く

 信玄の棒道を歩いてきました。三日かけて、八ヶ岳美術館から立沢、底之稗、富士見高原リゾートを経て、甲斐小泉の三分一湧水まで、紅葉を見ながら歩きました。信玄が軍用道路として使用した道は、その一部が残っていますが、真っ直ぐに伸びていることから「棒道」と呼ばれています。
 
 現在残っていて歩けるのは、八ヶ岳美術館からの1Kmほどと、富士見高原リゾート付近の鉢巻道路から甲斐小泉にある三分一湧水までです。
 
 その間は、八ヶ岳山麓スーパートレイルを歩くことになります。今まさに紅葉の真っ盛りです。

11.14  歌舞伎とオペラ

 いつも楽しみにしているNHKBSのプレミアムシアターで、ヨーロッパの音楽祭でのオペラ公演の放映がありました。10月19日のバイロイト音楽祭の『タンホイザー』、10月26日のグラインドボーン音楽祭の『椿姫』、11月10日のザルツブルグ音楽祭の『ばらの騎士』です。
 
 わざわざ現地に出かけて行かなくても、自宅で高精細の画面とディジタル放送の優れた音質で、オペラ劇場さながらの、場合によっては劇場で観るよりも細かなところまで観賞できるようになるとは、つい最近まで考えられないことでした。ディジタル技術の恩恵には計り知れないものがあります。

 これらの公演は、それぞれの音楽祭の性格が現れていて、大変興味深く鑑賞することができました。革新的なバイロイト、中庸なグラインドボーン、斬新なザルツブルグといったところでしょうか。このなかで、私が最も楽しみにしていたのはザルツブルグ音楽祭の『ばらの騎士』です。今までCDの名録音は出ていましたが、音楽だけでは取っつきにくく、全曲を聴く機会はありませんでした。やはり字幕つきの映像がないと、オペラはそうそう楽しめるものではありません。モーツァルトのオペラだけは別ですが。

 バイロイトの『タンホイザー』は、地球温暖化を意識したエコシステムの実験的な世界を舞台にした二重劇の演出で、どこか全体主義的な共同体生活を連想させ、革新的過ぎた嫌いがありました。常に新しい物を追わなければ、バイロイト音楽祭がやっていけないとするならば、オペラに将来はあるのでしょうか。この『タンホイザ』の演出を見て、ふと歌舞伎のことを考えてみました。

 歌舞伎にも新作歌舞伎はありますが、古典的な出し物を、全く現代的な演出でやることは稀でしょう。歌舞伎座は伝統の様式美と役者の個性と演技力で生きています。演出で小手先の新しさを求めなくても、様式美の中に歌舞伎の生命は受け継がれていきます。

 片やオペラは、音楽美が中心です。様式美や演技と言ったものも重要ですが、二義的なものになります。音楽が中心ですから、そこに演出の自由度が生まれてくるのでしょう。常に斬新さを追い求めないとオペラの人気が維持できないとするならば、オペラの将来は多難であると言わざるをえません。

11.26  続歌舞伎とオペラ

 11月23日に放映されたサン・カルロ劇場の『オテロ』は、これぞイタリアオペラというものでした。優れた歌手とオーケストラ、美しく豪華な舞台と衣装が一体となった伝統的な演出は、圧倒的な力を持って見る者を魅了します。さすがは、現役の世界最古と言われるオペラ劇場の公演だと、感銘しました。

 伝統を重視して、そこに文化的な価値と生命力を保ち続けるイタリアのオペラと、革新性を求めようとするドイツのオペラの違いが感じられました。イタリアとドイツの国柄の違いというものが、オペラにも表れているようです。

12.2初雪の朝 歴史認識

 今年も残りわずかになりました。人生の残り時間がまた短くなったような気がします。それに加え季節も寒くなりますから、一層わびしさを感じますが、これも年を取ったからでしょう。冬来れば春近しです。
 
 図書館から、秦邦彦著『昭和史の謎を追う』を借りて来て読んでいます。諏訪の六市町村の図書館の本を、インターネットで検索し、いつでも借りることができます。

 ニーチェによると、歴史的記述には「記念碑的歴史、骨董的歴史、批判的歴史」の三種類があり、「歴史はたえず書き替えられる」のだそうです。

 「骨董的歴史」とは、歴史学者による実証に徹した面白くもおかしくもない無味乾燥な歴史のことです。これが正しい歴史に最も近いことは間違いないでしょうが、生きた人間の匂いがしないので、煙たがられるのです。
 
 「記念碑的歴史」は自分にとって好都合な歴史観を、「批判的歴史」は自分にとって不都合な歴史観をさすのでしょう。立場によって変わってくる歴史です。

 中国や韓国が、いつまでも、何とかの一つ覚えのように、「歴史認識」を繰り返すのは、まさに「記念碑的歴史」と「批判的歴史」の世界でしょう。日本に根強い「自虐史観」といったものも、「批判的歴史」の範疇かもしれません。要するに、「記念碑的歴史」も「批判的歴史」も、政治的立場でいかようにもなる歴史です。「たえず書き替えられる歴史」の最たるものです。

 日中韓の「歴史認識」問題は、これら三種類の歴史観をごちゃ混ぜにしていることが原因です。国家としては意図的に、民衆レベルではそれと気が付かずに国家に洗脳されて。

 そして日本のマスコミの歴史観にも、右から左まで分布していますから、時として政治問題にもなります。自分なりの歴史観を持ちたいとは思いますが、三者のごちゃ混ぜからは抜け出すことは難しそうです。

12.14  南京事件の報道

 12月13日、旧日本軍の南京占領時の犠牲者を追悼する式典が中国で行われ、これが報道されています。

 少し気になるのは、読売新聞の見出しです。
『習主席「南京で30万人殺害」…国家哀悼日行事』という見出しで、本文でも、中国側の主張をそのまま報道しているだけです。なにも知らない人が見れば、旧日本軍は30万人も殺害したのだなと信じてしまうでしょう。

 この点、朝日新聞は、今までの反日派的な傾向ではない、中立的な報道となっています。見出しは
『南京事件で中国初の「国家追悼日」 習主席、式典に参列』と事実だけを述べています。穏やかです。

 本文にも控えめながら、日本の正当な主張も盛り込まれています。

 「南京事件をめぐっては、2010年に公表された日中両国の有識者による歴史共同研究委員会の報告書で、日本側は「20万人を上限として、4万人、2万人など様々な推計がある」としている。」

 この2万から4万と言ったところが妥当なようです。中国軍の指導者たちは南京から逃げてしまい、後に残された兵隊たちは、便衣(中国人の平服)に着替えて、民衆の中に紛れ込んだため、軍人と市民の区別がつかなくなり、このような多くの犠牲者を出す悲惨な結果になったと、歴史書に書かれています。

 日本軍のやったことが許されるわけではありませんが、戦争とはそういうものであることを、忘れてはいけないと思います。

 米国のネットでの反応に、「日本軍によって虐殺された中国人のことを、中国政府が本当に気にかけていると思っていると思うか?これは全て政治のショーだ」とありました。また、「民主主義と言論の自由を抑圧している国の元首の言葉なんだから、笑っちゃうね」とも。

P.S 遅ればせながら12月17日、読売新聞は社説で『南京「哀悼日」 容認できぬ一方的な反日宣伝』と題する論説をのせました。

12.15 見捨てられた沖縄?

 選挙結果は自民党の圧勝でした。実績をあげつつある自民党・公明党に対して、離散集合を繰り返すだけの野党の現状と、失敗から這い上がれない民主党の低迷ぶりでは、当然の結果です。

 自民圧勝と言っても、沖縄の四選挙区は、自民党の完敗でした。沖縄知事選に続いての敗北です。沖縄県民の辺野古移転に対する反発が、中途半端でないことを語っています。

 「自民・公明圧勝」に踊る新聞各社の社説や記事の中に、この沖縄での自民党の敗北が無視されているようです。あの朝日新聞でさえもです。

 来年は、沖縄が大きな政治問題になってくるような予感がします。

12月27日 グリュミオーのモーツァルト

 今年最後のCDの買い物は、アルテュール・グリュミオーとワルター・クリーンによる「モーツァルトのピアノとヴァイオリンのためのソナタ集」です。例によって、HMVから送られてくるメールの中に、グリュミオーのディジタル録音があるのを見つけて、迷わず購入しました。

 グリュミオーには、クララ・ハスキルと録音したモーツァルトのソナタの傑作版がありますが、こちらの方はアナログ録音です。ディジタル録音で、グリュミオーのヴァイオリンの音を聴いてみたかったのです。

 録音は1986年ですから、まだディジタル録音が始まったばかりのころで、グリュミオーは60歳ですから、円熟期の演奏といえましょう。

 このCDには、モーツァルトの主要なソナタが全て収められています。いずれも名演で、クリーンのピアノも冴えていて、出過ぎず引っ込まず、グリュミオーのヴァイオリンとぴったりと息が合っています。
 
 モーツァルトの「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ集」では、パールマン/バレンボイムとツィンマーマン/ロンキッヒのを持っていますが、とりわけ後者が気に入っていました。パールマンは若々しく勢いがありますが、少し荒っぽい所があります。これに比べて、ツィンマーマンの真摯な演奏スタイルと透明感のある音色は、モーツァルトのソナタの魅力をよく引き出してくれます。

 しかし、グリュミオーのモーツァルトを聴くと、この気品のある、抒情的でかつ力強さのある演奏にすっかり魅了されてしまいました。なんと言っても音色が美しく、伸びやかで、艶と輝きがり、色彩の豊かなグリュミオーのヴァイオリンの音は天下一品です。この人ほど美しい音を出せるヴァイオリン奏者は、いないのではないでしょうか。

 円熟したグリュミオーの演奏と、まだ若いころのパールマンやツィンマーマンと比べるのは酷というものです。そういえば、誰だか忘れましたが、「モーツァルトは、若いころの演奏か、年を取ってからの演奏がよい」と言っている人がいました。

12.24   安直すぎないか  ハイレゾ・オーディ(High-Resolution-Audio)  

 「ボーナスはこう使え 5万円でそろう憧れのハイレゾ環境」と題するコラムが朝日新聞に載っていました。

 CD(44.1KHz/16bit)を越える、192KHz/24bitあるいは96KHz/24bit のハイレゾ音源がインターネットを中心に普及し始めました。ソニーのハイレゾ対応ウォークマンの売れ行きが好調のようです。

 ハイレゾ音源は、それなりのアンプとスピーカで初めてその真価が発揮できるものです。5万円程度の装置でも、ハイレゾ音源を聴くことはできるでしょうが、どれほどの意味があるのか疑問です。安物の装置でハイレゾ音源を聴くよりも、しっかりした装置で従来のCDを聴く方が、はるかに良い音がすることは間違いありません。

 ハイレゾオーディオが安価に手に入ることは、デジタル技術のおかげですが、安価ゆえにお手軽になってしまう危険性が常にあります。

 かつての「高音質」を追求した本格的なオーディオが衰退し、安っぽい「低音質」が支配する時代となりました。皮肉なことに、この「低音質」化をもたらしたのはデジタル技術です。デジタル技術はCDによる「高音質」をもたらしましたが、同時に、「低音質」を普及させる結果にもなりました。

 「低音質」をもたらした元凶は、インターネットの通信容量の制約と、記憶メディアの制約でした。音源を圧縮しないと、実用レベルで配信したり、多くの曲を携帯することが出来なかったからです。MP3などの音声圧縮技術がこれに一役買いました。街中で携帯プレーヤで音楽を聴くだけなら、MP3でも間に合いました。

 この「低音質」は人の耳を慣らしてしまうようです。テレビの音に満足して音楽番組を聴いていたり、パソコンのYouTubeの音に甘んじている人がいるのは驚きですが、これが現実です。

 しかし、デジタル技術は幾何級数的に進歩します。CDの3倍以上の情報量をもつハイレゾ音源をパソコンで扱い、携帯端末で持ち運ぶことが可能になりました。ネットワークのブロードバンド化とフラッシュメモリーの大容量化によるものです。

 こうして「低音質」からいきなり「超高音質」になったのですが、この「超高音質」を聴く環境は、まだ「低音質」のままのようです。ネットワーク・オーディオと銘打って、パソコンと繋ぐハイレゾ・オーディオの装置が発売されていますが、パソコンをいい音で聴くという発想であって、本格的なオーディオの世界にはまだ届かないようです。

 ハイレゾに対応した携帯音楽プレーヤが各社から販売されてます。これに合わせて、5万円以上もする高級イヤホーンが売れているようです。イヤホーンはスピーカに比べて容易に高音質が得られるため、ハイレゾ音源の聴き方としては理に叶っています。

 これをきっかけにして、かつてのオーディオブームが復活してほしいものです。そのためには、優れた演奏と録音の音源が、CD並みの値段で手に入るようになることが必要でしょう。既にあるSACDがCDに取って代われないのは、まさにこの限界を突破できないからだと思います。

12.29   グリュミオーのモーツァルト

 今年最後のCDの買い物は、アルテュール・グリュミオーとワルター・クリーンによる「モーツァルトのピアノとヴァイオリンのためのソナタ集」でした。例によって、HMVから送られてくるメールの中に、グリュミオーのディジタル録音があるのを見つけて、迷わず購入しました。

 グリュミオーには、クララ・ハスキルと録音したモーツァルトのソナタの傑作版がありますが、こちらの方はアナログ録音です。ディジタル録音で、グリュミオーのヴァイオリンの音を聴いてみたかったのです。

 録音は1986年ですから、まだディジタル録音が始まったばかりのころで、グリュミオーは60歳ですから、円熟期の演奏といえましょう。

 このCDには、モーツァルトの主要なソナタが全て収められています。いずれも名演で、クリーンのピアノも冴えていて、出過ぎず引っ込まず、グリュミオーのヴァイオリンとぴったりと息が合っています。
 
 モーツァルトの「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ集」では、パールマン/バレンボイムとズッカーマン/ナイクルグ(marc neikrug)とツィンマーマン/ロンキッヒのを持っていますが、とりわけツィンマーマンが気に入っていました。パールマンは若々しく勢いがありますが、少し荒っぽい所があります。ズッカーマンもいいのですが、もう一つしっくりしません。ただ、モーツァルトの初期のソナタが含まれているのが貴重です。これらに比べて、ツィンマーマンの真摯な演奏スタイルと透明感のある音色は、モーツァルトのソナタの魅力をよく引き出してくれます。

 しかし、グリュミオーのモーツァルトを聴くと、この気品のある、抒情的でかつ力強さのある演奏にすっかり魅了されてしまいました。なんと言っても音色が美しく、伸びやかで、艶と輝きがり、色彩の豊かなグリュミオーのヴァイオリンの音は天下一品です。この人ほど美しい音を出せるヴァイオリン奏者は、いないのではないでしょうか。

 円熟したグリュミオーの演奏と、まだ若いころのパールマンやツィンマーマンと比べるのは酷というものです。そういえば、誰だか忘れましたが、「モーツァルトは、若いころの演奏か、年を取ってからの演奏がよい」と言っている人がいました。