私の近況2011
1.2
ベルリン・フィルのコンサート・マスターとして、あなたは長年にわたってこのオーケストラに多大な貢献をしました。
あけましておめでとうございます
毎年年末になると『魔笛』を聴きたくなります。『魔笛』の音楽は、聴く人を幸福な気分にしてくれます。
『魔笛』の最後は、永遠の美と叡智、を高らかに歌い上げて終了します。この堂々たるフィナーレを聴いていると、オペラの最後というよりも、モーツァルトの一生の最期を歌っているような気がしてなりません。ああ、これでもうモーツァルトは新しい音楽を永遠に創らなくなるのだと。実に感動的であり、また同時にしみじみとさせるフィナーレです。
モーツァルトのドイツ語オペラ(ジングシュピール)の傑作である、『後宮よりの脱出』と『魔笛』に共通するのは、素晴らしいフィナーレで幕が閉じることです。三大オペラブッファ『フィガロ』、『ドン・ジョバンニー』、『コシファンテュッテ』は、これらに比べればあっさりと終わります。
『後宮よりの脱出』のフィナーレは、ヴィーンに乗り込み、フリーの音楽家として活動を始めた若きモーツァルトが、自信たっぷりに高らかに歌い上げているような感動と興奮を感じさせます。モーツァルトの得意げに指揮をする様子が、目に浮かぶようです。
1781年、9月26日の手紙で、 『後宮よりの脱出』に関して、「フィナーレはまさに大騒ぎになります。 - 騒ぎは大きいほどよく - 短いほどいいのです。 - それで聴衆の興奮が拍手まで冷めないように。」とあるように、聴衆に受けることを計算済みであったことがわかります。
ところで、世の中は紅白で終わるようですが、今年も第九を聴きました。終楽章はいつ聴いても感動します。人類のお祭り騒ぎといったら叱られそうですが。第九のフィナーレは、『後宮』や『魔笛』のフィナーレと似た響きがあります。単に合唱付きということかもしれませんが。ひょっとして、べートーヴェンはモーツァルトの音楽を参考にしたのかしら。
1.12
昨年の暮から新年にかけて、『ポントの王ミトリダーテ』、『イドメネオ』、『皇帝ティートの慈悲』の三曲のDVDを観ました。素晴らしかったです。
モーツァルトのオペラの中でも、オペラセリアは一般に高く評価されていないようですが、それはオペラセリアという、少々形式ばった様式に原因があるのでしょう。歌舞伎とは逆に、男役をソプラノ(昔はカストラート)が歌うのですから。でも、モーツァルトはこの様式の中で可能な、最高の音楽を作ったのだということが、これらのDVDを観て分かりました。この年になって、ようやくその真価を理解することができました。
『ポントの王ミトリダーテ』は、14歳のモーツァルトが、ミラノの宮廷の依頼で作曲したオペラです。父と二人の息子と一人の女性をめぐる愛と憎しみのドラマを、14歳の少年に頼む方も頼む方ですが、引き受ける方もまた引き受ける方です。人生経験の乏しい14歳では、いくら天才でも手に負える台本ではなかったのです。それでも天才は、当時の水準以上のオペラを作って、大喝采をあびました。随所に、将来のモーツァルトを予感させる音楽がきらめいています。
『イドメネオ』は、オペラセリアの最高傑作です。ザルツブルクでくすぶっていたモーツァルトが、オペラが書きたくて仕方がなかったモーツァルトが、満を持して、喜びと情熱を込めて作曲したのがこのオペラです。24歳のモーツァルトの音楽の全てがここに籠められていると言えるのではないでしょうか。美しい音楽が満ちている、素晴らしいオペラです。
『皇帝ティートの慈悲』は、『魔笛』の作曲の最中に、2ヶ月足らずの間に作らなければならなかったオペラです。手を抜いた?いいえ、限られた時間内で許される限りの、最高の音楽を書いたのです。晩年の澄み切った、簡潔な音楽で貫かれています。
モーツァルトは、『魔笛』、『皇帝ティートの慈悲』で燃え尽きたように、その3ヵ月後には息を引き取るのです。
『ポントの王ミトリダーテ』:アーノンクール、ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
『イドメネオ』:レヴァイン、メトロポリタン歌劇場
『皇帝ティートの慈悲』:レヴァイン、ウィーン・フィル
演出はいずれもジャン・ピエール・ポネル
1.30
このところ寒波が押し寄せ、寒い日が続きます。連日、最低気度はマイナス10℃を下回り、最高気温は0℃を越えません。二階のオーディオルームには床暖がなく寒いので、晴れた暖かな日以外は装置にスイッチを入れることもなくなってしまします。こんな時は、居間のテレビでオペラのDVDを見たりします。
『イドメネオ』は、ザルツブルクでくすぶっていた24歳のモーツァルトが、、喜びと情熱を込めて作曲したオペラです。既に幾つかのオペラを作曲しているモーツァルトですが、このオペラが本当の意味での出発点ではないでしょうか。モーツァルトの持論である、「オペラの台本は、音楽のために改作されなくてはならない」、が実行されたのもこのオペラからです。台本の改変について、モーツァルトとレオポルトと台本作家のヴァレスコの間で、頻繁なやり取りがされた様子が、残された書簡集からうかがえます。アリアを挿入させたり、台本が長すぎるから削るようにと注文を出しています。
モーツァルトは書簡集で、「第三幕は、・・・ぼくは何倍も上まわると思っています」と自信を見せていますが、私は、第ニ幕が好きです。イドメネオが息子のイダマンテを生贄にしなければならないことを腹心のアルバーチェに告げる場面とアルバーチェの心温まるアリア、モーツァルトが「ぼくらはここに四つの管楽器、つまりフルート、オーボエ、ホルン、ファゴットの協奏でやれるアンダンティーノのアリアを持ってこようと、あらかじめ申し合わせていたのですから」と言っている、イリアのイダマンテへの恋の喜びを歌う美しいアリア、イダマンテとの愛の実現を期待するエレットラの情熱的なアリア、それに続く「海は穏やかだ」の合唱と、見どころ聴きどころが続く。
レオポルトも黙ってはいられず、モーツァルトに盛んに助言をしています。これがけっこう面白いのです。
「仕事をするとき、ひたすらもっぱら音楽通の聴衆だけではなく、音楽の分からない聴衆のことも考えるよう、おまえに勧めます。 - おまえも知っての通り、本当の識者十人に対して、百人もの音楽が分からない人たちがいるのです。 - だから、長い耳をくすぐりもする、いわゆる大衆受けのするものも忘れてはいけません。」。モーツァルトの返事は「いわゆる大衆性については御心配なく、だって、ぼくのオペラにはあらゆる種類の人たちのための音楽がありますから。 - ただし、長い耳の連中は別です。」と。
またこんな忠告も。「オーケストラの楽員全員が上機嫌でいるよう、彼らにお世辞を言い、例外なしに彼らをべたほめしておまえに好意をもってもらうよう、ひたすら努めなさい。・・・・オーケストラの全員が少なくとも三時間は、こうした入念さと注意力とで緊張していなくてはならないというのは、まったく冗談事じゃないのです。誰でも、たとえ最低のヴィオラ奏者でさえも、彼に差し向かいでほめてやれば、この上なく敏感に反応して感激してくれ、そうすることでいっそう熱心に、しかもいっそう注意深くなってくれます。・・・・・」と。それにしても、レオポルトの文章はいつも長ったらしい。モーツァルトの簡潔さと好対象です。
『イドメネオ』:レヴァイン指揮、メトロポリタン歌劇場のDVDは、イドメネオがパバロッティで、最高の演奏です。
2.13
夜は、DVDでオペラを見ています。
オペラ座で生のオペラを見る時には余り気にならないことでも、DVDだと気にかかるものです。完璧なオペラ上演は、本当に難しいものだと思います。指揮者、オーケストラ、歌手、歌手が役柄に合っていること、容姿や姿も含めて、演技力、それからなによりも演出のよさ、舞台装置や衣装、これらが全て満たされなくてはなりません。でも大抵は、一つや二つは不満が残るものです。その上DVDでは、映像と録音がよくなくてはいけません。
『イドメネオ』:レヴァイン指揮、メトロポリタン歌劇場のDVDは、これらの条件をほぼ満たしているのでは思います。レバイン指揮、ザルツブルク音楽祭での『魔笛』も、とてもいいと思います。ムーティー指揮、ザルツブルク音楽祭の『コシ・ファン・トゥッテ』もなかなかの出来栄えです。同じムーティー指揮、ウィーンフィル、ウィーン国立歌劇場の『ドン・ジョバンニー』も、場面ごとに変わる衣装の面白さや、ドン・ジョバンニー役のアルバレス、レポレッロ役のダルカンジェロがとても良いです。
ところで、『フィガロの結婚』となると、演奏はともかくとして、演出が現代的な新しいものが多くて、今ひとつなじめません。私は感覚が保守的なのか、伝統的なものの方が好きです。歌舞伎のように。歌舞伎でも、現代的な斬新な演出をやられたら、それはそれで面白いかもしれませんが、納得はできないかもしれません。『フィガロの結婚』は、どういうわけかそのような演出が多いようです。どこでも資金難から、舞台装置を安く上げようとしているのかと勘ぐりたくなります。アーノンクール指揮、チューリッヒ歌劇場の『フィガロの結婚』は、古典と現代の演出の間のぎりぎりのところで踏ん張っていますが、それでも同じ場面を手を変え品を変え何度も使う手法には、不満を感じてしまいます。昔見た、ベーム指揮、ウィーン国立歌劇場の『フィガロの結婚』は、ほんとうに素晴らしかったと思います。多分このような演奏、歌手、演出がともにそろったオペラは、本場でもめったに観れないものだと思います。NHKからDVDが出ているようなので、その内買ってみようかと思っています。
3.1音楽に国境あり
内田光子が日経新聞の対談で「音楽に国境あり」という趣旨の話をしていました。日本語とヨーロッパ言語とではアクセントやイントネーションが異なり、これが音楽に現れるということです。常々、日本人の演奏技術は欧米並み以上になったと実感するけれども、リズム感とか躍動感とかになると、いつも一味違うように感じていました。日本人のショパンでは、節まわしがなんとなく演歌調に聞こえることすらあります。小沢征爾がよく「東洋人がどこまで西洋音楽ができるかの実験をしている」ということを話していますが、これも言語のみならず、歴史も文化も異なる国で育った人間が、どこまで西洋音楽を西洋人と同等に演奏できるのかという問いかけをしているのでしょう。
かつてモーツァルト弾きといえば、イングリット・ヘブラーでした。当代では、内田光子とマリア・ジョアン・ピレシュでしょうか。この二人のモーツァルトのピアノソナタを聴き比べてみると、二人のきわだった特質が感じられます。この違いは、好き嫌いは別として、興味深いものです。
内田光子は、一音たりとも心の籠もらない音はないといった密度の高い演奏で、どこまでも静かに美しい音楽を聞かせてくれます。ただ、躍動感といったものは乏しく、全体に平板な感じがしないでもありません。一方、ピレシュのほうは、メリハリと冴えが感じられ、曲の構成感をはっきりと感じさせる演奏です。ピアノの音にも輝きがあるようです。どうしても両者には、草食動物と肉食動物の差を感じてしまします。内田光子は静的であるのに対して、ピレシュのほうが動的な感じがします。内田光子はウィーンとロンドンでの生活のほうが長いから、半分西洋人といえるかもしれませんが、やはり日本人のDNAを持っているためでしょうか。改めて「音楽に国境あり」を考えてしまいます。
3.18
東日本大震災で亡くなられた方々に心よりお悔やみを申し上げます。被害にあわれた皆様のことを思うと心が痛みます。なんとか生きぬいて、再建を果たしてください。塗炭の苦しみを耐え抜いている人たちがいることを知りながら、何も出来ないでこんなことをしていることにもどかしさを感じますが、嘆いてばかりいても仕方ないので、少しは明るい話をしたいと思います。
31年前の『フィガロの結婚』
1980年9月30日、東京文化会館でのウィーン国立歌劇場公演、カール・ベーム指揮『フィガロの結婚』のDVDを購入しました。少々高価でしたが、どうしても見てみたくて。今から31年前、この公演を小遣いをはたいて聴きに行きました。オペラは初めてで、ただ興奮して無我夢中の内に終わってしまいました。幾つかのシーンが今も鮮明に脳裏に焼きついています。ベームのゆったりとしたテンポで紡ぎ出されるウィーンフィルの豊穣な響き、舞台の美しさ、歌と演技の素晴らしさなど。ベームはこの時86歳で、当日まで出演するかどうか未定でしたが、ベース指揮と聞いたときには興奮したものです。
オペラはオーケストラ、指揮者、歌い手、容姿、演技、舞台装置、衣装、演出の全てが満足されなければなりません。この時の日本公演は、これら全てが最高のレベルでそろった、奇跡のような公演であったと思います。歴史的名演奏といっても過言ではないでしょう。おそらく本場でも、これだけの役者のそろった公演は、めったに見られるものではないと思います。ただ欠けていたのは、オペラハウスだけではなかったということだけです。演出も古典的で、最近のコンテンポラリーな演出に辟易している者にとっては懐かしい限りです。
DVDを見ると、当時分からなかった細かなところまでよく分かって、見飽きることがありません。歌手も、ベームのゆったりと歌うような指揮に乗って、伸び伸びと歌い、少々演技過剰で張り切りすぎの所もありますが、これが生演奏のよいところです。出だしは、聴衆も歌い手も緊張気味ですが、次第に会場が盛り上がってくる様子がDVDからも感じ取れます。それにしても、ベテラン歌手の余裕たっぷりの演奏と演技には、舌をまきます。こんな演奏は生でもDVDでも、もう二度と観れないかもしれません。
唯一残念なのは、演奏が完全に終わらないうちに拍手が始まることで、最後まで音楽が聴けてないのは残念至極です。日本の聴衆は、まだオペラに慣れていなかったのでしょうか。
1976年に製作された、ウィーンフィル、ベーム指揮、ポネル演出の映像版のDVDがあります。歌手は違いますが、演奏の完成度はこちらの方が高いかもしれませんが、それはライブと映画の違いでしょう。このDVDもよく出来ており、私の愛聴版です。
両者ともですが、ベームは第4幕のマルチェリーナのアリアと、バジーリオのアリアを省いています。二つとも、美しいアリアで残念ですが、この場面は、マルチェリーナ、バジーリオ、フィガロ、スザンナと4曲のアリアが連続するので、ドラマ的には少し緩慢になる所です。想像する所、モーツァルトはアリアのない歌手へのサービスとして、特別仕立てのアリアをここに挿入したのではないでしょうか。ベームはドラマの進行を優先して、劇の本筋には影響しない二つのアリアを省いたのかもしれません。あるいは歴史的な背景があるのかもしれません。興味のあるところです。
それにしても『フィガロ』は本当に素晴らしいオペラです。ここに、モーツァルトの真髄が全て集約されていると言ってもいいかもしれません。聴くたびに、観るたびに、新しい発見があります。
4.7 中山道を歩く
3月24日から4月3日までの11日間、下諏訪から京都まで、中山道を歩いてきました。1日約30Kmを歩き通しました。日ごろからジョギングやウォーキングで足を鍛えておいたので、足そのものは疲れませんでした。それでも、足首の上とか予想もしないところが痛くなり、一時は足を引きずりながら歩きましたが、何とか歩けないほどには酷くならずに済みました。好天に恵まれたのが、何よりの幸いでした。雨に降られたら、どうなったことでしょう。
丸一日ほとんど人に会わずに山の中の道を歩いたり、時には歩道が満足に無い国道を歩いたり、古い家が残る宿場や集落を歩いたりしました。歩くのは遅いようですが、車は歩く速度の10倍、飛行機でも100倍にすぎません。宿屋の無い所がありますので、数時間歩いた所を電車で戻ったりもしましたが、案外長い時間電車に乗るのには驚きました。
今回の街道歩きの目的の一つには、広重・英泉の『英泉木曽街道六十九次』の描かれた場所を探すことがありました。見事探し当てることが出来た所もありますが、もうすっかり風景が変わってしまっていて、不可能な所も随分ありました。浮世絵は写実的ではなく、印象を自由な構図で描いていますが、それでもこの辺りだろうなと検討をつけることは可能でした。それにしても、日本の風景はすっかり破壊されてしまったと感じざるをえませんでした。全く景観などは考えずに、あらゆる建造物が経済最優先で建てられていることを実感します。
中山道に縁のある歴史上の人物は多いのですが、特にあげれば、木曽義仲、源義経、松尾芭蕉でしょうか。街道筋には木曽義仲の墓が三箇所もあります。鏡宿には義経の足跡が残されています。芭蕉は中山道を旅しているので、各地に句碑が建てられています。特に、大津にある義仲寺には、芭蕉の墓があります。芭蕉は遺言で、義仲寺の木曽義仲の墓の隣に葬るように頼んだそうです。ですから、義仲の墓の隣に芭蕉の墓があります。
三つ目の目的には、京都の桜を見ることです。信州から京都の桜を見るために歩いていく人がいるでしょうか。なんと風流なことでしょう。残念ながら、今年は桜の開花が遅く、枝垂桜は満開でしたが、染井吉野はやっと咲き始めたところでした。京都の桜の写真を幾つかお見せしましょう。
5.1
パソコンを新しくしましたので、画面を変えました。
中山道の旅日記『中山道てくてくある記 下諏訪から京都』をブログにアップしました。
中山道を歩いてから一か月経ち、虚脱状態から回復し、元の生活のリズムを取り戻しました。いよいよ、庭と畑が始まります。
ようやく遅い春の信州も桜が咲き始め、裏の桜の木が満開を迎えています。庭も、奇跡の季節を迎えつつあります。冬の、すべてが凍てつき、土まで凍り、植物の痕跡が全くなくなってしまった庭から、春が来ればちゃんと芽をだし花を咲かせます。こんな感動的なことはありません。生命の循環を感じます。東日本大震災のあまりにも大きすぎる傷跡も、時間はかかっても自然の循環の中で再生を果たしていくことでしょう。震災地にも、早く本当の春が訪れますように。
今年は寒かったので、普段ならなんなく冬越し出来る多年草がだいぶやられました。花色が微妙で、値段も張る園芸品種はやはり弱いようです。原種に近い品種はその点丈夫です。結局このような強い植物が生き残っていきます。こういうことは、園芸の本には一般論として書かれていますが、自分の庭に何が合っているかは実際に体験しないと分からないことです。クリスマスローズ、プリムラ、プルネモリア、水仙、ビオラ、勿忘草は本当に強いです。チューリップやユリは、球根を野鼠が齧るのか、だいぶやられてしまいました。
今日は何の日?
1786年の5月1日、ウィーンのブルク劇場で『フィガロの結婚』が初演されました。フィガロは最高のオペラであり、最高の音楽です。
最近、モーツァルトのピアノ協奏曲第22番にはまっています。フィガロの作曲の最中に書かれたピアノ協奏曲の一つです。モーツァルトのピアノ協奏曲はどれも素晴らしいのですが、多彩さ、構成の大きさ、自由さでは22番が随一ではないでしょうか。旋律家のモーツァルトとはいっても、次から次へ新しいメロディーを繰り出し、しかも使い捨てのようにわずか数小節で終わらしてしまう、こんな贅沢な音楽はありません。他の作曲家ならこれだけのメロディーがあれば、素材を大切にして、優に十曲以上は作ってしまうのではないでしょうか。最高のシェフが、最高の食材をふんだんに使った料理のようです。モーツァルトのピアノ協奏曲は弦が主体であることが多いのですが、22番は木管楽器が活躍する点でも随一です。まるで、木管によるセレナードやディヴェルティメントや、木管の協奏曲を思わせるようなところが随所にあります。
22番と23番は双子の協奏曲といわれますが、似てはいますが見かけは随分と違う二卵性双生児です。23番は、構成的には典型的なソナタ形式、三部形式、ロンドからなっていますが、22番のほうは、自由奔放で即興的な構成の、ソナタ形式、変奏曲、ロンドからなっています。特に、2楽章と3楽章が好きです。22番は、モーツァルト自作のカデンツァが残されていないので、演奏家にとっては試練でしょう。
バレンボイム版、ブレンデル版、内田光子版とあります。若くて溌剌として才気あふれるバレンボイム版、メリハリがあり歯切れの良いブレンデル版、気持ちを入れ込んだ内田光子版と、それぞれの持ち味を楽しめます。バレンボイムのは、モーツァルトはこんな風に演奏したかなと思わせるところがあります。内田光子では、大規模で美しいロンド楽章を絶妙で完璧なリズム感で歌あげています。バレンボイムとブレンデルはアナログ録音、内田光子のはディジタル録音ですが、アナログ録音は各楽器の分離が良すぎて、今となっては不自然に聞こえます。
この22番に関しては、レオボルトは手紙の中で、「新しい協奏曲は、実際のところ、びっくりするくらいむずかしいものです。」と書いています。
5.15 AMラジオの再発見
最近AMラジオを聞くようになりました。東日本大震災で地震情報を聞き始めたのがきっかけですが、AMラジオは意外と面白いということを再発見しました。FM放送が始まり、音の悪いAMからは遠ざかってしまいましたが、この音の悪さこそ、AMの持ち味といえます。FMは音が良いので、専ら音楽ばかり。テレビは視聴者をテレビ画面に釘付けにさせようとする押し付けがましさがあります。映像があるために、かえってうるさく感じられる時があります。また、映像という、最高の情報にあぐらをかいている一面も感じられます。これに対して音の悪いAMは、内容で勝負するしかないのです。ですから、意外と番組はまじめで内容が豊で、聴者への語りかけを重視しています。それでいて押し付けがましいところがありません。聞き流していて、興味のあるところだけ耳を傾けるといった聞き方が可能です。
AMは、5球スーパーの真空管ラジオで聞いていた時以来のことですから、もう半世紀近く聞いていなかったことになります。
今までは朝起きてから朝食の片づけが終わるまで、FMのクラシックを聞いていましたが、今はAMの第一放送を聞いています。ちなみに朝食を作るのは私の役目です。6時半からは、なつかしいラジオ体操がありますから、ラジオ体操も日課になりました。ラジオ体操は、体をほぐす効果がありますが、いろいろな体勢をとることにより、危険を回避する能力が増すそうですから、とくに高齢者には有益だと思います。
朝の番組には、「今日は何の日」というコーナーがありますが、今日5月15日は、5.15事件のあった日です。それと、沖縄が返還された日でもあります。私の家の近くに「白林荘」という別荘がありますが、この「白林荘」は、5.15事件で暗殺された犬飼毅の別荘です。春はミツバツツジ、夏は山ユリ、秋は紅葉と、四季を通じて大変美しい所です。
「叙述型」タイプと「会話型」タイプ
さて、再びモーツァルトに関して。
モーツァルトのように、あらゆるジャンルで最高傑作を残した作曲家はいません。あの優れた弦楽四重奏曲や後期の交響曲がありますが、私は協奏曲やオペラやディヴェルティメントなどに、モーツァルトの最高の魅力があるように感じられます。弦楽四重奏曲や交響曲も、もちろん素晴らしいのですが、どこかモーツァルトのよそ行きの改まった装いのような感じがしてなりません。
たまたま磯山雅著『モーツァルトあるいは翼を得た時間』を読み直していて、この疑問が氷解しました。音楽家には、「叙述型」タイプと「会話型」タイプがあるということで、前者の代表格がベートーヴェン、後者の代表格が「モーツァルト」です。「叙述型」は、一元的、論理的、独白的、求道的、道徳的であるのに対して、「会話型」は、多元的、社交的、会話的、交歓的です。「叙述型」タイプの作曲家は交響曲、ピアノソナタ、弦楽四重奏曲などが主体となり、「会話型」タイプの作曲家は、協奏曲やオペラを得意とします。私が漠然と、モーツァルトはオペラやピアノ協奏曲がいいと感じていたことへの根拠を明らかにしてくれました。自由な形式の中にこそ、モーツァルト本来の姿が100%現れるのでしょう。
ちなみに磯山氏と私は中学、高校と同期でした。高校の文化祭「とんぼ祭」で、彼がモーツァルトのレクイエムの指揮をしたのを昨日のように思い出します。昼休み時間には、いろいろなことを彼と話しましたが、音楽の話ほとんどしなかったように思います。
5.27 古い録音
CDが出てからというもの、ディジタル録音の音のいい最近の演奏ばかり聴いていました。アナログ録音よりもディジタル録音の方が、つまりADDよりもDDDの方が、音が鮮明でリアルであるからです。しかし、モーツァルトのオペラを集中的に聴くようになってから、最近の演奏に飽き足らなくなり、昔の名演奏のCDを聴くようになりました。オペラに関しては、昔のものの方が断然よいという印象があります。最近の演奏は、最新の都市建設のように、つるっとしていて見かけはきれいなのですが、どこか趣に欠けるような気がします。歌手も、歌はうまくても、どこか味わいが足りないように思います。
『フィガロ』では、50年以上も前の録音の、エーリッヒ・クライバー指揮、ウィーンフィルの演奏が傑出しています。音はどうかと恐る恐る聞きましたが、なかなかの録音で、半世紀以上も前の音とは思われないくらいです。ステレオ初期の録音ですが、DECCAのリマスターリングによって充分に楽しめます。ベームのベルリンドイツ歌劇場の演奏も気に入っています。ベームのものはDVDで見ていますが、それぞれで歌手が違うので、その違いを楽しむことができます。オーケストラもDVDではウィーンフィルです。
クライバーの『フィガロ』は1955年の演奏で、ベームは1968年ですから、13年の隔たりがありますが、演奏スタイルは随分と違います。クライバーのは、ブルーノ・ワルターに通じるところがあり、今からすると表現過多の感じを受けますが、これがたまらない魅力です。現在では絶対に聴くことができない、歌いまわしです。この時代のウィーンを彷彿とさせます。
ベームの演奏は、クライバーに比べれば端正で気品があり、いかにもモ-ツァルトの規範といった立派な演奏です。いつ聴いても心から楽しみ納得することができます。面白いことに、クライバーとベームの演奏時間がほとんど同じことで、前者が172分28秒、後者が172分52秒ですから、24秒しか違いません。個々の曲のテンポの取り方は随分と違いますから、この結果は偶然なのか必然なのか興味があります。
両社に共通しているのは、スザンナ役が素晴らしいことです。『フィガロ』ではスザンナが不出来では、他が良くても失敗ですから、これは重要なことです。ヒルデ・グエーデンのスザンナは、スザンナの一つの規範といってもいいかもしれません。ベームのエディット・マチス、ミレラ・フレーリ、ルチア・ポップはどれもすばらしいのですが、グエーデンの伝統をを受け継いでいるように感じるところがあります。フィガロに関しては、クライバー版のジーピよりも、ベーム版のヘルマン・プライの方が、伯爵夫人もベーム版のグンドゥラ・ヤノヴィツのほうがいいように思います。
最近の演奏は昔に比べるとスマートすぎるのかな。最近の演奏は昔に比べるとスマートすぎるのかな。比較的最近のものでは、ネビル・マリナーの『フィガロ』がいいと思います。マリナーの明快な演奏と、充実した歌手陣が素晴らしいです。これは1985年のディジタル録音ですから、音の鮮度もよく、楽しむことができます。
6.5 AV開眼
オペラのDVDを居間のテレビとブックシェルフ・スピーカで聞いていましたが、二階のオーディオ・システムで聞きたくなり、とうとうテレビをもう一台とブルーレイ・プレーヤをインターネットで購入しました。BSプレミアムの音楽番組を録画して聞くために、HDDをテレビにつけています。HDMI接続のおかげで、画像・音質ともに良好です。音のほうは、テレビの光ディジタル端子をDAコンバーターにつないでいます。DVDの音は、ソースの質次第ですが、テレビの生中継の音はなかなかのものです。映像とともになら、充分臨場感を感じることができます。さながらコンサートホールにいるような気持ちになります。
ケーブルTVからはBSをハイヴィジョンでテレビのHDDに録画できないので、仕方なくBSアンテナを取り付けました。壁に穴をあけ、一階と二階のテレビにつなげました。これで、テレビの番組表から簡単にHDDに録画できます。ケーブルテレビでBSをハイヴィジョン録画する方法は他にもあるのですが、BSアンテナを取り付けるのが最も安上がりです。それにしても、ケーブルテレビのこの不便さは何とかしてもらいたいものです。ケーブルテレビでも、地上デジタルはテレビに普通に録画できます。
早速ベルリンフィルのヨーロッパコンサートの番組を録画して聞きましたが、サイモン・ラトルの指揮するラフマニノフの交響曲第二番は素晴らしい演奏でした。マドリッドのホールもなかなかきれいでした。ラトルの指揮のスタイルは、何となく小沢征爾に似ています。聞く人が少ないのでしょう、NHKのクラシック番組は、毎土曜日の夜中に放送されます。普通の生活者には、録画しない限り見ることはできません。NHKは何を考えているのでしょうか。
以前購入したラトルのブラームス交響曲全集のCDは、素晴らしい演奏でした。こんなことならDVD付のCDを買っておくのだったと、今になって後悔しています。
映画はあまり見ないので、今までAVにはそれ程関心がなかったのですが、一度体験するとその魅力にはまってしまいました。これからは、CDとDVDを使い分けていくことになりそうです。一世代以上も遅れてのAV開眼でした。
6.16 佐渡裕と樫本大進とベルリンフィル
BSプレミアムのプレミアムシアターをHDDに録画して見るのが習慣になりそうです。今回は、佐渡裕指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会と、ラトル指揮 ベルリン・フィル・イン・シンガポールの二つの演奏会でした。
まず佐渡裕指揮は、武満徹の「フロム・ミー・フローズ・ホワット・ユー・コール・タイム」と、 ショスタコーヴィチの「交響曲 第5番 ニ短調 作品47」。ベルリンフィルの初舞台で、見る方も緊張しましたが、無難にこなしたように思われます。団員も、好意的に佐渡裕を盛り立てていたように思います。これならば、二度目の登板もあるかもしれません。ショスタコーヴィチの交響曲第5番は、管弦楽が派手で、聴衆を感動させるように出来ているので、初舞台の曲としては相応しかったのではないでしょうか。時折飛び上がったりして、バーンシュタインばりのパフォーマンスも見せていました。とにかく、無我夢中の指揮ぶりでした。あそこまで身振りをしないと、日本人は意志を伝えることが難しいのでしょうか。
ラトルの方は、マーラーの交響曲第1番「巨人」で、ベルリンフィルの名手の個人芸と完璧なアンサンブルを余すところなく伝えていて、好演奏でした。佐渡裕の指揮と比べてはいけませんが、こちらは余裕の指揮ぶりでした。
この二つの演奏会を見て、改めてベルリンフィルは凄いと思いました。液晶テレビのハイヴィジョンで、大型のオーディオ装置で生さながらの大音量で聞くと、演奏会にいるような興奮が伝わってきます。個々の演奏者の表情が細部まで見られるのは、生よりも良い点といえるでしょう。一人一人の演奏者の技量がよく分かります。
コンサートマスターは何れの演奏も樫本大進でした。あの猛獣の群れのようなベルリンフィルの中で、日本人が先頭で活躍している姿を見るのは何とも嬉しくなります。舞台上では演奏終了後、ラトルと樫本大進の親密な素振りも見せていました。日本人の活躍を期待したいと思います。
7.4 名門オーケストラと日本人の活躍
去る3月4日、サントリー・ホールでリッカルド・シャイー指揮ライプチッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(LGO)の日本公演が行われました。私の妻が聴きに行ったのですが、それというのも、妻の大学時代からの親友の娘さんが、第二ヴァイオリンを弾かれているからです。小さな時から我が家に遊びに来てくれた娘さんも、今は立派なヴァイオリンニストになられました。この夏も休暇で日本に帰られますが、我が家にも来てくれて、一緒に山に登る予定です。
LGOの東京公演は先日NHKから放映されたので、朝6時から妻と見ました。この時は、我がAVシステムがまだなかったので、TVで見ましたが、息子に頼んでDVDに録画しておいてもらったので、改めてAVシステムで見てみました。いかにもドイツ的といった豊かで厚みのある弦と管から醸し出されるブルックナーの音楽を堪能しました。DVDだと映像と音の劣化が感じられるので、BDにコピーし直してもらうことになっています。
ブルックナーの第8番という玄人好みの渋い曲の、しかもこの一曲だけのプログラムでしたが、演奏後の拍手は鳴りやまず、シャイーはすでに楽団のいなくなったステージに一人で現れて、拍手に答えていました。それほどに聴衆を熱狂させた演奏でした。テレビカメラは演奏中の日本人演奏家の姿を時々アップで映し出していました。最後のカーテンコールで場内を映した映像には、何と偶然にも妻と友人の姿が映っていました。これはおまけのおまけです。
LGOほど由緒あるオーケストラはないのではないでしょうか。設立は1743年で、ドイツで最古の市民オーケストラです。ベートーヴェン存命中に、すでに9曲の交響曲を全曲演奏しています。フェーリックス・メンデルスゾーンも指揮者を務め、シューベルトの交響曲第9番を初演しました。ブルックナーの交響曲第7番を初演したものLGOで、この時の指揮者はアルトゥール・ニキシュです。こんな老舗の名門オーケストラで演奏している加奈さんも大したものです。これからの活躍が楽しみです。いつか、ライプチッヒに行って、本物を聴きたいと思っています。
本日、息子からBDが届き、早速聞いてみました。やはりDVDと比べると映像と音が鮮明で、LGOの熱演に改めて感動しました。ブルックナーの第8番は、聴けば聴くほど引き込まれていきます。なかなか奥の深い曲です。一度や二度聞いただけでは、その良さがわかりませんでした。
P.S. 曲が終わった直後に地震速報が入りました。曲の途中でなかったのが幸いでした。
7.20 「なでしこジャパン」女子W杯優勝
なでしこジャパンが女子ワールドカップ・ドイツ大会で優勝しました。体格で勝る西洋女性を圧倒しての快挙です。決勝では終始押され気味で、正直なところ勝てるとは思いませんでしたが、同点に追い込み、ペナルティーキック戦になった時、円陣を組む日本選手の笑顔を見て勝ちを予感しました。すばらしい勝利です。日本人としてこんなに嬉しいことはありません。それにしても日本の女性は強く元気です。
我が家の庭にもカワラナデシコが咲きました。咲いたと思ったら台風6号の雨で、すっかりやられてしまいました。せっかく「なでしこ」は優勝したのに。そこで、日本の花、ナデシコにちなんだ和歌を探してみました。
ナデシコは万葉集に現れます。先ずは、山上憶良の秋の七草から
秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花 萩の花尾花葛花瞿麥の花女郎花また藤袴朝顔の花
大伴家持は瞿麥(石竹)の歌をいくつも読んでいますが、そのなかから
わが屋前(やど)の瞿麥の花盛りなり手折りて一目見せむ兒もがも
一本のなでしこ植えしその心誰に見せむと思ひそめけん
石竹花が花見るごとに少女らが笑まひのにほい思ほゆるかも
笠女郎の歌
朝ごとにわが見る屋戸の瞿麥の花にも君はありこせぬかも
柿本人麻呂集から
野辺見れば撫子の花咲にけりわが待つ秋は近づくらしも
撫子(瞿麥、石竹、常夏)はその可憐な姿から少女を連想させますが、古今集になると常夏の常から床を連想し、男女の愛を暗示させるようになります。
隣の家から、撫子の花を欲しいといってきたが、あげるのを惜しんでこの歌を届けた。
ちりをだにすへじとぞ思うさきしよりいもとわがぬるとこ夏の花 凡河内躬恒
「やまとなでしこ」の言葉は、拾遺集の伊勢の歌に現れます。
いづこにも咲はすらめど我が宿の山と撫子誰に見せまし
能因法師(後拾遺集)の歌は、今朝の我が家の庭の撫子のようです。
いかならむ今宵の雨に常夏の今朝だに露の重げなりつる
『源氏物語』にも、『帚木』の帳の「雨夜の品定め」のくだりの、頭中将と夕顔のやり取りが登場します。
山がつの垣ほ荒るともをりをりにあはれはかけよ撫子の露 夕顔
咲きまじる色はいづれと分かねどもなほとこなつにしくものぞなき 頭中将
うち払う袖も露けきとこなつに嵐吹きそふ秋も来にけり
夕顔
撫子の花は、日本人に古来より愛されてきました。日本的で美しい花だと思います。
8.18 残暑お見舞い
日本列島は厳しい残暑が続きますが、ここ海抜千メートルの富士見高原は、お盆を過ぎるとすっかり秋の気配がして、朝夕は寒いくらいになります。でも、日中の暑さは相変わらずですが、この暑さもすぐ終わりになりますから、夏の暑さを楽しまなければなりません。暑い地方の皆様には申し訳ないような贅沢な季節です。冬の厳しい寒さを思うと、夏の暑さはもう少し続いてほしいと思ったりもします。
夏の庭は、涼しい風が吹き始める夕方が最も美しくなります。日が傾き始めると、白や黄色の花は目に優しく、赤い花は落ち着いて、ピンクの花は深みを増し、青や紫の花は一層鮮やかに透明感を増します。日中の暑さにぐったりした花も、生気を取り戻して生き生きとしてきます。不思議と、庭全体が花の香りで満たされます。薄暗くなるまで庭を離れられません。
もう少しで三歳になる孫娘が遊びに来ていています。孫と並んで庭に佇んでいる姿は、本人はそう思わなくても傍目から見ればすっかりお爺さんなんだろうなと思います。
9.1 シューベルト讃
最近はもっぱらシューベルトのピアノソナタを聴いています。ラド・ルプーのピアノソナタ集を聴いたのがきっかけで、シューベルトのピアノ曲にのめり込み、続いてケンプのシューベルト・ピアノソナタ全集と内田光子のピアノソナタ集を買い込み、毎日聴いています。
シューベルトのピアノソナタは本当に素晴らしいです。シューベルトのピアノソナタに比肩できるのは、ベートーベンのピアノソナタだけだろうと思います。何回聴いても嫌にならないし、飽きないし、耳につくことがありません。強く押し付けてくるところがなく、作曲家の心情を語りかけてくるからでしょう。優しく、穏やかに、悲しく、時として激しく。シューベルトのピアノソナタを聴いていると、音楽の洪水のなかに放り込まれて、どこまでも流れていくようです。
シューベルトの音楽は心からの安らぎを与えてくれます。モーツァルトは美そのものとそれを感じる喜びを、ベートーベンは生きる力と勇気を与えてくれますが、シューベルトは優しく語りかけてくれます。
シューベルトには有名な『未完成交響曲』がありますが、ピアノソナタでも未完に終わったものが幾つかあります。特に、「レリーク」の名で知られるハ長調の二楽章だけのソナタは素晴らしく、私の好きな曲の一つです。モーツァルトの完全性、ベートーベンの構成力と比較すると、シューベルトは即興的で冗長で、どこか未完成なところを感じるところがありますが、そこがシューベルトらしい魅力と言えます。未完成の中に永遠の美を感じるということではないでしょうか。
シューベルトのピアノソナタは演奏会で弾かれることが少ないようです。最大の理由は、今日の大ホールの演奏会に向かないからでしょう。演奏者の努力が報われにくいといったこともあるかもしれません。ケンプもCDのライナーノートで「大切な部分はpで語りかけてくる」と書いています。シューベルトのピアノソナタは、当時の「シューベルティアーデ」のような小さな音楽会で心静かに聴くような曲です。CDを、自分の部屋で寛いで、心ゆくまで聴くという聞き方は、シューベルトのピアノソナタに最もふさわしいように思います。今日のわれわれは本当に幸せと言えます。気の毒なシューベルトには思ってもみなかったことでしょう。
シューベルトの名作も、ライピチヒのブライトコップ&ヘルテル社のような大手楽譜商は鼻にもかけませんでした。これはモーツァルトの場合でもそうでした。しかし、イ短調のピアノソナタ(D.845)が出版されたとき、その真価にすでに気づいていた人たちも少なくありませんでした。同じライピチヒの新聞「アルゲマイネ・ムジカーリッシュ・ツァイツング」は1826年3月1日付で、「このソナタと比べて遜色ないのは、おそらく創造の翼を存分に広げたベートーベンの最大級のソナタくらいなものであろう。われわれはすこぶる魅力的で、実に豊かな内容を持ったこの作品を書いたフランツ・シューベルト氏に感謝したい。・・・」と、すでに今日のわれわれと同じ評価を下していたのです。シューベルトは当時、歌曲や声楽曲の優れた作曲家としてだけ、北ドイツには知られていたようです。それにも拘わらず『魔王』の出版を、かのライプチヒの老舗楽譜商が断ったというのはなんとも不名誉なことでした。
シューベルトのピアノソナタをいろいろな演奏家で聴きましたが、ケンプ、ルプーそして内田光子の演奏が最も好きです。ケンプの知性と透明感、ルプーの豊かな音色と優しさ、内田光子の<母が子を愛おしむような>心に迫る密度の濃い演奏に心がとらえられます。特に内田光子は、モーツァルトもいいのですが、シューベルトが最高のように思えます。
ポリーニの凄い演奏もありますが、少しベートーベン的というか劇的に弾きすぎているように感じます。ブレンデルは音が汚く、シューベルト特有の透明感のある音色に欠けているように思います。ピアノの音色を音楽表現に積極的に取り入れたのは、シューベルトが最初なのではないでしょうか。ショパンの世界をすでにシューベルトの中に見ることができます。リヒテルの演奏もありますが、私にはリヒテルの表現はシューベルトに向いていないように感じられてしまいます。
9.30 南アルプス登山
9月14日、15日と一泊で、南アルプスの北岳と間ノ岳に登ってきました。明日からは途中の七丈小屋に一泊して、黒戸尾根を甲斐駒ケ岳に登ります。高度差が2200mもあるきついコースですが、一度は挑戦しようと思っていたところですから、この機会に行ってこようと思います。明日からの2日間は秋の高気圧に日本列島が覆われて、天気も良いようです。このチャンスを逃してはなりません。
9月27日、28日には、念願だった黒戸尾根を登り、甲斐駒ケ岳に行ってきました。登山口の尾白川渓谷は海抜770m、甲斐駒ケ岳は2967mですから、標高差は約2200mあり、日本では富士山に次いで二番目の標高差になります。富士山は5合目から登るのが一般的ですから、事実上の登山ルートとしては日本で一番厳しい登りになります。是非一度は登ってみたいと思っていましたので、好天が続くこの日を選んで登ってきました。
甲斐駒ケ岳は山岳信仰の山として古くから登られていました。黒戸尾根はその表登山口として古くから登られていた登山道です。皇太子殿下も1990年に、このルートを登っておられます。
若い人で日帰りする人もいますが、とても無理なので、一日目は七合目にある七丈小屋に泊まりました。この日の宿泊者は五人だけでした。小屋番はもう16年間も小屋に棲み続けているという少し頑迷な感じの中年の山男で、無愛想で無口ですが、しゃべりだすとなかなか能弁で、どこで仕入れるのか世事に長けています。少々過激な発言をする人で、私は話に加わらず専ら聞き役に回っていました。小屋はきれいで、食事もおいしかったのですが、冷凍の未解凍の刺身は余分でした。
黒戸尾根は落葉樹の樹林帯から苔むした針葉樹の樹林帯へと変化があり、しかも樹林は明るく木々の間から麓の広がりや周囲の山々が見えるので、樹林に付き物の鬱陶しさがありません。樹林の中の歩きやすくきれいな道は、刃渡りと呼ばれる切り立った岩稜あたりから、梯子や鎖の連続する急登になります。スリルはありますが、特別に危険なことはありません。八合目にある御来迎場からは花崗岩の岩山となります。
翌日、明るくなり始める5時15分ころに小屋を出発。山頂に立った時は、ついに黒戸尾根を登ったという感慨みたいなものを感じました。こういう気分を味わうのは珍しいことです。山頂からは、富士山、南アルプスの山々、中央アルプス、御嶽山、乗鞍岳、北アルプス、美ヶ原から霧ヶ峰にかけての高原、八ヶ岳、浅間山、奥秩父の山々など、周囲360度がさえぎる物なく見渡せます。諏訪から、私の住んでいる富士見町、小淵沢、清里、韮崎、甲府にかけての村や町が、足下に広がっています。甲斐駒ケ岳は日本の山々を眺めるには最高の場所にあることがわかります。
黒戸尾根は美しく明るい樹林、梯子や鎖の連続する岩場と変化に富み、尾根筋や山頂からの眺望は天下一品といえます。今まで多くの山を登りましたが、黒戸尾根を登る甲斐駒ケ岳は間違いなく最高のコースの一つと言えます。お勧めします。
10.22 山の紅葉
黒戸尾根を甲斐駒ケ岳に登ってから数日後、母を連れて日光に行ってきました。両膝に人工関節を入れる手術を7月に行い、ようやく旅行ができるまでに回復しました。母は幾度も日光に行っているのですが、家内が初めてということで、霧降高原にある温泉に二泊で、快気祝いも兼ねての小旅行でした。帰りは中禅寺湖、戦場ヶ原をまわり、金精峠を越えてのドライブを楽しみました。
その一週間後、横浜から友人が二泊で我が家を訪れ、蓼科の横谷渓谷と栂池高原に行ってきました。紅葉を見るのが目的の一つでしたが、天気にも恵まれ、秋のハイキングを楽しんできました。久しぶりに三日間お喋りに花が咲き、声が嗄れるほどでした。
昨日は家内にせがまれて、瑞牆山に約35年ぶりに登りました。結婚してすぐの頃、瑞牆山と金峰山に登りましたが、その時一泊した富士見平小屋がそのまま残っていました。
11.9 ピアノの調律
家内は趣味でピアノをやっていますが、趣味の域を脱するほど熱心に練習を重ねています。宝物のシュタインウェイも、長らく調律しかしていなかったので、調律師さんの勧めもあって、分解調整をしてもらいました。その甲斐あって、見違えるように音が一新しました。音の輝きが増し、艶やかで輝かしい音色になりました。調律師さんは、チッコリーニの専属調律師を務められている腕利きの人ですが、狭山からはるばる来てもらい、8時間にもわたる作業でした。
調律が終わった後、私のステレオを聴いていただきましたが、「音の倍音が自然で美しく、繊細で、いつまでも聞いていたい音だ。時間があればずっと聞いていたい。」とお褒めの言葉を頂きました。日頃から生の音を聴くことを職業にし、一際敏感な音感を持っているプロの人から褒められて、嬉しいとともに安心もしました。オーディオ・マニアの人はとかく言い訳が多く、「調整不足です」とか、「装置の調子が悪くて」というようなことを言って、なかなか音を出してくれない人が多いけれど、私の場合は、何も言わずにすぐにCDをかけてくれたと感心されました。これこそ、「音でなく音楽を聴くための装置である」とのことでした。ピアノの音の再生も、問題ないとのことでした。
この「音の倍音が自然で美しい」との評価は、私も感じていたことでもあり、わが意を得た思いでした。
家内には、調律後のピアノの音を、「ご主人の装置で聞くピアノの音になったでしょう」と言われていました。確かに、CDで聞く輝きのあるシュタインウェイの音になりました。今度来られる時には、一緒に仕事をしているピアニストのCDを持て来てくれると言われていました。今から楽しみです。
余談ですが、バロックにはバロックの調律があり、曲によっても調律を変えるということを、初めて知りました。バッハの平均律クラビーア曲集は、12等分された平均律ではないのだそうです。この調律師さんは年に二回、イタリアの音楽大学で、バロック音楽の調律法に関しての講義をしているとのことです。
11.28 安永さんを迎えた諏訪交響楽団
11月26日、岡谷のカノラホールで地元の諏訪交響楽団の特別演奏会がありました。今まで諏訪交響楽団(諏訪響)を聴きに行く機会はなかったのですが、今回は安永徹さんと奥様の市野あゆみさんの協演ということで、出かけていきました。安永さんは言うまでもなく、1983年から2009年までの27年間ベルリンフィルのコンサートマスターとして活躍されていました。今は北海道を拠点に、室内楽、オーケストラとの共演、後進の指導など、幅広く音楽活動をされています。
曲目は、
モーツァルトのピアノ協奏曲第17番、
ウラジミール・マルティノフのヴァイオリンと弦楽のための「Come
In」
モーツァルトの交響曲第38番{プラハ」
でした。モーツァルトは指揮をなさらず、コンサートマスターとして指示をだされ、マルティノフは弾き振りでした。
アマチュアオーケストラを、しかも指揮者なしで引っ張っていく安永さんの力量には驚嘆しました。安永さんが一人入るだけで、オーケストラ全体に一本筋が通り、引き締められて、表情豊かな演奏に仕上がるのです。アンサンブルが破たんすることもなく、盛り上がるところは盛り上げ、静かに歌うところは歌わせ、最後まで緊張感を失わせることはありませんでした。事前の練習があったとはいえ、安永さんのヴァイオリン一丁でここまでオーケストラの演奏をまとめ上げるとは、全くの驚きでした。諏訪響も安永さんの指示に従い、見事な演奏ぶりでした。木管の方々の技量の高さにも感嘆しました。
リハーサルも聴かせていただきました。安永さんの控えめで温かみのある指導の仕方が印象的でした。「指揮者がいないからといって不安に感じないでください。モーツァルトは天才ですから、速く弾くところは自然とそうなるように曲ができていますから。」
安永さんが2009年に、ドイツの文化・音楽に特別な貢献をしたとして、独功労勲章・功労十字小綬章をドイツ政府より授与されました。このときのセレモニーのメッセージに、安永さんの人となりがよく表されています。
ベルリン・フィルの楽団理事を務める、オーボエ奏者、ヴィットマンの挨拶
リハーサルでの真剣さと几帳面さ。高い音楽性を持ちながらも周囲と作品へはあくまで謙虚なあなたを、
私たち団員とあらゆる指揮者たちは尊敬していました。
音楽監督(指揮者)サイモン・ラトルのメッセージ
感情を爆発させる傾向のあるオーケストラの中で、あなたの影響の及ぼし方と存在感は計り知れないほどの贈り物でした。
常に落ちついており、準備は完璧。そして深い人間性を備えていました。私の体験から見ても、
これほど評価され、愛されながら去るコンサート・マスターは稀です。音楽家としてだけでなく素晴らしい人間として、
あなたに対する私たちの愛がいかに深いものであるかを忘れないで下さい。
“徹さん、どうもありがとうございました!” (日本語で)
12.16 冬は読書(1)
今年も寒い冬がやてきました。家の一階は床暖房で暖かくしていますが、二階のオーディオルームには暖房がないため、どうしても音楽からは遠ざかりがちです。晴れた日は冬の日差しが差し込み、日中は温かいのですが、さすがの断熱建築でも夜になると冷えてきます。そのため冬になると図書館から本を借りて来て、一階の居間で本を読むことが多くなります。
最近読んでいるのは井上ひさしの小説です。『六千万歩の男』、『わが友フロイス』、『グロウブ号の冒険』、『黄金の騎士団』、『東慶寺花暦』そして『東京セブンローズ』。これが私の町にある富士見図書館にある井上ひさしの本のすべてです。諏訪地域にある図書館の本は、どこのでも借りることができるので、『吉里吉里人』をリクエストしているところです。
井上ひさしは、物語を作る天才だと思います。一つの小説を仕上げるのに、膨大な資料を調べ上げることはよく知られていますが、このような徹底した準備をすることができるのも、天才たるゆえんでしょう。勉強しすぎると学者っぽくなって、面白くなくなるのが普通ですが、井上ひさしの話は本当におもしろく、いくらでも話が湧き出てくるのです。モーツァルトの音楽に美しいメロディーが次々とでてくるように。
『東京セブンローズ』は、日本を占領した進駐軍が、アメリカ人の傲慢さから日本語を改革しようとする企みを打ち砕く物語です。主人公の中山信介の日記という体裁をとって話が展開します。非人道的な無差別の東京大空襲への抗議に加えて、日本語をいじくろうとするアメリカへの憤りを爆発させる、七人の女性(セブン・ローゼズ)の一人のともゑさんと中山信介の会話です。
ともゑ
「B29の落した爆弾で、夫は命を落とし、義父の気が狂った。あなたのお嬢さんの文子さんと武子さんは空襲で姉を、お仙さんは夫を、時子さんは両親と兄を、牧口加世子さんと黒川芙美子さんは一家全員を亡くしました。あたしたちを戦に誘い込んだ指導者が悪い、その誘いに乗ったあたしたちにも責任がある。そういったことは全部わかった上で、それでもあたしたちはアメリカを憎んでいる。そうして、そのアメリカ相手に春を売っている自分を憎んでいる。このあたりになると頭の中がなんだかもつれてよくわからなくなってしまうけれど、それでも日本人から漢字や仮名を取り上げようなんてあまりじゃないかしら。これは東京セブンローゼズみんなの一致した意見なんです」
中山信介
「その通り。アメリカはやりすぎですよ。いくら戦に勝ったからって、こっちの言葉までいじくることはないんだ」
ともゑ
「なんていったらいいのか、夫を亡くすよりも漢字と仮名をなくす方が骨身にこたえるような気がする。子どもたちの先行きにひびくからかしら。どうもよくいえないいんですけど」
結局、アメリカは賢明にも日本語のことは日本人に任せ、その代わりというか、ローマ字表記を日本語に加えたのです。ローマ字は国際化にとってなくてはならないものでした。その結果日本語は、漢字、ひらがな、カタカナ、romajiと四種類の文字表記を持つ言語になりました。もともと世界一豊かな言語であった日本語が、ますます豊かなものになったのです。
12.29 冬は読書(2)
結婚して町田市の鶴川団地に住んでいたころ、向かいの家に大江健三郎賞を取った作家が住んでいました。そんなことで、大江健三郎の名前だけは知っていたのですが、何か取っつきにくい気がして読んだことはありませんでした。1994年に、大江健三郎がノーベル賞を取ったので、それを機会に読んでみようと思い立ちました。大江健三郎がどこかで「その作家を知りたかったら、すべての著作を読むのがよい」という趣旨のことを書いていたので、とにかく幾冊か読み通してみました。独特の語り口が魅力的で、知的で、品があり、物語にも引き込まれるところがあるけれど、<何を言いたいのかよくわからない>が率直な感想でした。あたかも参考文献のように、ダンテを引いたり、イェーツを引用したり、その意味がさっぱりわからないのです。それ以来、大江健三郎の小説からは遠ざかってしまいました。
図書館で「あ」行にある井上ひさしの本を探していた時、隣の棚にある大江健三郎の本が目に留まりました。もう16年も遠ざかっていたので、少しは分かるようになってきたかもしれないと『水死』を読んでみることにしました。著者の父の死を中心に置いた「晩年の仕事」と目される小説です。壮年期に書いた『懐かしい時への手紙』と一対をなす作品のようです。読んでみての感想は、魅力的で引きつけられるけれど相変わらず<よくわからない>でした。こちらの読み取る力は16年前から進歩していないようです。息子のヒカリさんとの共生を軸にして、作者の個人的な体験や魂のことを書き連ねていることはわかるのですが、私的な小説のような気がして、それが自分のこととあまり結びつかないのです。筋書きも、井上ひさしのような面白さがあるわけではなく、奇怪とも取れる筋立ての意味が分かりにくく難解な感じを受けます。
それでも、音楽を聴いて美しいメロディーが耳に残るように、忘れられない一節があります。『懐かしい時への手紙』の最後の部分です。『水死』にも引用されていました。
「・・・時は循環するようにたち、あらためてギー兄さんと僕とは草原に横たわって、オセッチャンと妹は青草を採んでおり、娘のようなオユ-サンと、幼く無垢そのもで、障害がかえって率直な愛らしさを強めるほどだったヒカリが、青草を採む輪に加わる。陽はうららかに楊の新芽の淡い緑を輝かせ、大檜の濃い緑はさらに色濃く、対岸の山桜の白い花房はたえまなく揺れている。威厳ある老人は再びあらわれて声を発するはずだが、すべての循環する時のなかの、穏やかで真面目なゲームのようで、急ぎ駆け登ったわれわれは、あらためて大檜の島の青草の上に遊んでいよう・・・・」