私の近況2010

 
9.15

 なぜ、大作曲家の中で、モーツァルトだけが最高のオペラを幾つも残せたのだろうか。書簡全集からモーツァルト自身の手紙に、その秘密探ろう。

1781年、10月13日父宛の手紙。『後宮』を作曲中。
「・・・オペラでは、詩は音楽の従順な娘でなくてはいけません。・・・・・オペラでは音楽が完全に支配していて・・・・・そこで、一番いいのは、演劇に精通し、確かな意見をみずから言える有能な作曲家が、真の天才といえる優れた詩人と出合ったときです。・・・・」

1783年、5月7日父宛の手紙。『フィガロ』を作曲する前。
「・・・僕は軽く100冊は、いやそれ以上の台本を読みましたが、それでも、満足できるものはほとんど一つもありませんでした。少なくとも、あちこち大幅に変更しなくてはならないでしょう。たとえ、詩人が引き受けてくれたとしても、完全に新しいものを書いたほうが、おそらく楽でしょう。・・・・・当地には、ダ・ポンテ師とかいう詩人がいます。・・・・・僕のために新しい台本を書いてくれると約束しました。・・・・」

モーツァルトほど、音楽と演劇の両方に精通していた音楽家はいなかった。


10.15

『モーツァルト書簡全集』全六巻を読み終え、もう一度、読み返しているところです。
  ところで、『コシ・ファン・テゥッテ(女はみんなこうしたもの)』は駄作であろうか? いや、『フィガロ』や『ドン・ジョバンニー』や『魔笛』があまりにも素晴らしいので、影が薄いが、依然としてモーツァルト一流のオペラです。第30曲で、賭けに勝った哲学者ドン・アルフォンソが歌う、「女が心変わりしても私は許す。それは女の心が必要としているからだ。女を非難するのは、男の誤りだ」と。そして歌う、  Cosi fan tutte! と。一見、男が女をバカにしているように見えるこのオペラ、裏を返せば「男もみんなこうしたもの」である。
  このオペラには、男と女の永遠のテーマ、「真実の愛と偽りの愛」が、実にコミカルに描かれている。モーツァルトの『後宮』から『魔笛』にいたるオペラのテーマ「愛」が、ここでも生き生きと描かれている。

10.30

『コシ・ファン・テゥッテ(女はみんなこうしたもの)』を聞き返していると、このオペラの良さが、じっくりと分かってきました。聴けば聴くほど、味わい深くなっていきます。『フィガロ』や『ドン・ジョバンニー』のような、大向こうをうならせるような作品ではないかもしれないが、晩年のモーツァルト特有の、円熟した深みと落ち着きや安らぎを感じさせるような、珠玉のアリアやアンサンブルが散りばめられています。聴けば聴くほど好きになる曲といえます。特に、第一幕後半で、フィオリディリージが「真実の愛」を歌う《14番のアリア》、続いてグリエルモが「偽りの誘惑」をする《15番のアリア》、続いてフェランドが恋人の「真実愛」を確信して歌う《17番のアリア》は本当に美しい。  それに、召使のデスピーナがなんとも茶目っ気があって魅力的です。1974年ザルツブルク音楽祭での、カール・ベーム、ウィーンフィルのライブ録音が素晴らしいです。               

  モーツァルトはヨーロッパ中を子供のときから旅行してまわったが、手紙の中で、自然や景色や建築や美術について、全くというほど触れていません。その半面、旅先で出会った様々な人物について、実に生き生きと描写しています。時にはユーモラスに、時には辛らつに。特に、音楽家や聖職者に関しては手厳しく。モーツァルトの関心は常に人間にあったのだろうか。人間の観察眼は、子供のときから鋭く、的確であることが手紙を読むとよく分かります。モーツァルトのオペラは、音楽が素晴らしいだけでなく、登場人物の性格を音楽で実に見事に表しています。音楽の天才にプラスして、子供のときから演劇が好きだったことと、人間好きの性格が、オペラにおける見事な人間描写を可能にしたのでしょう。 『フィガロ』のスザンナ、『ドン・ジョバンニー』のレポレロやマルチェリーナ、『コシ』のデスピーナ、『魔笛』のパパゲーノなど、生きた人間がそこにいるように、なんと生き生きとしていることか。
 ヴェルディー、ビゼー、プッチーニなど、美しい音楽による感情表現は素晴らしいものですが、モーツァルトがしたような人格描写までには至っていないような気がします。


11.18

11月10日から七泊八日で、中山道を下諏訪から日本橋まで歩いてきました。紅葉の信濃路、軽井沢、碓氷峠は、街道歩きを満喫しました。群馬県と埼玉県は、少々退屈で、広い関東平野をただ黙々と歩きました。でも、ところどころで、美しい日本の風景や風物に触れることが出来て、それはそれで、面白い体験でした。

 この時期は、6時15分ころ日の出でで、4時半に日が沈みます。一日に30Kmから40Kmの行程を歩くには、日の出とともに歩き始め、日没とともに歩き終えることになります。自然のサイクルに身を委ねると、江戸時代の旅人の気分になったようでした。江戸から京都まで旅をすることは、どんなに大変であったかよく分かりました。今日のような、快適なホテルもなかったのですから。でも、車に煩されることもなく、美しい風景が至る所に広がり、今よりはずっと旅を楽しめただろうと思います。

 次ぎは、木曽路を通って、京都までです。いつにしようかな。


11.28

 中山道のてくてく歩きで中断していた、モーツァルト書簡全集の読み直しを再開しました。第4巻、マンハイム・パリ旅行の後半、パリの所です。

 テレビで、中国の農村部の親が、膨大な借金をして、一家の将来を託して優秀な子供を大学に送り出す様子を映していました。名声と定職を求めて、乏しい年収では簡単には返せない程の借金をし、息子をパリに送り出したレオポルトの姿は、どこか中国の貧農の姿と重なる所があります。

 一家の期待を一身に背負ったモーツァルトのプレッシャーは、並みではなかったはずです。でも、モーツァルトの陽気で、のんきで、ユーモア溢れる手紙からは、そんな重圧は一切感じられません。それに反し、モーツァルトを遠隔操作しなければならなくなった父親の手紙は、絶叫とも言える心配と、悲痛なほどの心労に満ちています。この際立った対照が、読む側としては実に興味深いのです。

 パリに着いたモーツァルトに対しては、レオポルトは珍しく機嫌がよく、音楽的な忠告も与えています。

 「・・・作曲する前に聴いて、フランス国民の趣味をじっくりと考えてみるのです。彼らのオペラを聴くか、じっくり観るのです。・・・・おまえはなんでも模倣できます。急いで作曲しないこと。・・・・スケッチを作り、それを彼らに聴かせなさい。・・・ヴォルテールも(そうしています)・・・これは名誉とお金を得るためにするのです。・・・・・・出版用になにか書くのだったら愛好家用にやさしくポピュラーなものを書くのです。・・・・無報酬ではなにもしないこと。なんでもお金を払ってもらうのです。」と。

 モーツァルトが作曲するに当たって、どの程度レオポルトの忠告を聞いたのだろうか。この前後に作曲された二曲のピアノソナタのうち、ハ長調KV309は、やさしくはないがポピュラーである。しかし、イ短調KV310は、際立って悲劇的で、やさしくポピュラーな域を超越し、聴衆など無視して全く個人的な悲痛な心情を爆発させています。優れてはいるが凡人だったレオポルトの領域から、完全に飛び立ってしまったモーツァルトがここにはいます。

 

12.17

 相変わらずのモーツァルト書簡全集です。第4巻、マンハイム・パリ旅行の後半、パリでの最も有名な箇所です。それは、母の死という最も悲しむべき出来事です。母の死を隠し、父親に死を受け入れる覚悟をさせる手紙ほど、モーツァルトらしいものはないかもしれません。なんと、彼はこの手紙を、母の死の隣で書いているのです。

「お母さんが重態です。・・・すべて神の御心にまかせています。・・・いかなることも(たとえそれが逆のようにぼくらに思われても)ぼくらの最善のために取り計らってくださる神が、そうお望みだということがぼくにはわかるからです。・・・

 さて話題を変えます。こんな悲しい考えはよして、希望を持ちましょう。・・・

 ぼくはコンセール・スピリチュエルの幕開けのために、シンフォニー(『パリ交響曲』)を一曲書かなくてはなりませんでした。・・・・満場の喝采を受けました。・・・・・ぼくはもう嬉しくて、シンフォニーが終わるとすぐにパレ・ロワイヤルに行って - おいしいアイスクリームを食べ - 願をかけていたロザリオの祈りを唱えて - 家へ帰りました。

 ・・・・あの無神論者の、大ペテン師のヴォルテールが、犬 - 畜生のように、くたばったということです。- まさに当然の報いです!・・・・・

 ・・・ぼくはあることを考えていて、そのことで毎日神様にお祈りしています。・・・・・(アロイジアとの結婚のこと)

 ・・・・・オペラに関しては、・・・いい詩を見つけるのが非常に困難です。・・・

 ・・・では、ぎきげんよう。・・・愛するお母さんは全能の神の御手の中にあります。・・・でも、みもとに召されるなら、ぼくらの不安や、心配や、絶望はすべて無用です。 - 神のなさることに理由がないわけではないのですから、これもいずれもくらのためになるのだと確信して、むしろ神の御心の中に毅然としていましょう。 -

 以上、抜粋ですが、モーツァルトの音楽を聴いているようです。


12.25

モーツァルト書簡全集は一休みして、冬の庭の話です。
 冬に庭が好きだといったら、よほどの庭好きか、変人でしょう。すべてが枯れはて、何もない冬の庭ですが、そこには先年亡くなったターサ・チューダが「六月の奇跡」と呼んだ、天国のような花園を生み出す生命が眠っているのです。春の奇跡を想像しながら、凍てついた庭を眺めるのも、また楽しいものです。厳しい冬の四ヶ月間があるからこそ、麗しい五月が訪れるのでしょう。

 近くに村田バラ園の広いナーサリーがありますが、そこのオーナーの村田晴男さんが、「冬のバラの姿が好きだ」ということを、バラのカタログの中に書いておられました。

 誰でも、バラは花が咲いたときが好きに決まっていますが、バラを少し育ててみると、村田さんの気持ちがよく理解できます。美しい花が咲くことを100%期待させてくれるのが、冬のバラの姿です。

 「ガーデニングは待つ楽しみ」と言ったら言いすぎでしょうか。

 下の写真の黄色いバラは、マダム・シャルル・ソバージュというフランスのバラで、とてもおしゃれです。村田さんが選んでくれました。


 この22番に関しては、レオボルトは手紙の中で、「新しい協奏曲は、実際のところ、びっくりするくらいむずかしいものです。」と書いています。